海外記事

1908年

1908年01月29日 ニューヨーク恐慌、再発の兆し

(1908年1月29日、時事新報・ニューヨーク1月26日電報) 米国の金融界でも、特に経営が堅固で、最も有力な銀行の一つと考えられていた北米国立銀行(Natio...
1908年

1908年01月03日 孫逸仙(孫文)再興の噂

(1908年1月3日、東京朝日新聞) 江西省の巡撫は、孫逸仙(孫文)の革命派が、再び江西・湖南の境界付近で蜂起するのではないかと考えている。そこで北京政府に対し...
1907年

1907年11月14日 韓国皇帝、涙を流す――移宮を深く嘆かれる

(1907年11月14日・京城新報) 皇帝が住居を移される「移宮」の問題について、太皇帝(高宗)は、最初から不満を示されていたという。 今回、ついに移宮が決定し...
1907年

1907年11月09日 英蘭銀行、一週間に3回の利上げを敢行―財界恐慌が世界的に拡大―欧州市場はますます険悪に

(1907年11月9日・中外商業新聞) ロンドンの金融情勢は、フランス中央銀行が特別に好意的な援助を行ったため、いったん少し落ち着きを取り戻した。しかし、アメリ...
1907年

1907年10月15日 比島(フィリピン)売却説が浮上

(1907〈明治40〉年10月15日・中外商業新聞) フィリピンを売却するという説が世間で流れている。これを、ある方面が作り出した単なるデマだと考える人もいる。...
1907年

1907年08月22日 米国大統領のトラスト征伐 株式界は惨落

(1907〈明治40〉年8月22日『東京朝日新聞』、8月20日ニューヨーク発) ニューヨーク発の報道によると、株式市場関係者の間では、今回の株価暴落(恐慌)の原...
1907年

1907年08月09日 韓国立太子

(1907〈明治40〉年8月9日『東京朝日新聞』、8日京城発) 7日午前9時30分、李完用以下の各大臣が宮中に参内し、皇太子を立てる件について皇帝に上奏した。し...
1907年

1907年08月03日 西太后が政務から退く意向か

(1907〈明治40〉年8月3日『中外商業新聞』) 古代中国では、秦の始皇帝が方士(仙人・道士)を東方へ派遣し、不老不死の薬を探させたという話がある。それは昔の...
1907年

1907年07月27日 韓国皇帝、日本の断固たる態度を恐れる― 日韓協約が異例の速さで成立した理由 ―

(1907〈明治40〉年7月27日『東京朝日新聞』、7月25日発) 新しい日韓協約が、これまでになく非常に簡単かつ迅速に裁可(皇帝の承認)されたのは、日本軍の厳...
1907年

1907年07月21日 統監謁見録

(1907年7月21日・東京朝日新聞)(19日 京城発) 19日に統監(伊藤博文)が韓国皇帝に謁見した際の会話内容が漏れ伝わったところによれば、内容は以下のよう...