海外記事

1907年

1907年08月22日 米国大統領のトラスト征伐 株式界は惨落

(1907〈明治40〉年8月22日『東京朝日新聞』、8月20日ニューヨーク発) ニューヨーク発の報道によると、株式市場関係者の間では、今回の株価暴落(恐慌)の原...
1907年

1907年08月09日 韓国立太子

(1907〈明治40〉年8月9日『東京朝日新聞』、8日京城発) 7日午前9時30分、李完用以下の各大臣が宮中に参内し、皇太子を立てる件について皇帝に上奏した。し...
1907年

1907年08月03日 西太后が政務から退く意向か

(1907〈明治40〉年8月3日『中外商業新聞』) 古代中国では、秦の始皇帝が方士(仙人・道士)を東方へ派遣し、不老不死の薬を探させたという話がある。それは昔の...
1907年

1907年07月27日 韓国皇帝、日本の断固たる態度を恐れる― 日韓協約が異例の速さで成立した理由 ―

(1907〈明治40〉年7月27日『東京朝日新聞』、7月25日発) 新しい日韓協約が、これまでになく非常に簡単かつ迅速に裁可(皇帝の承認)されたのは、日本軍の厳...
1907年

1907年07月21日 統監謁見録

(1907年7月21日・東京朝日新聞)(19日 京城発) 19日に統監(伊藤博文)が韓国皇帝に謁見した際の会話内容が漏れ伝わったところによれば、内容は以下のよう...
1907年

1907年07月21日 韓国皇帝譲位の経緯

(1907年7月21日・東京朝日新聞) ハーグ密使事件が世間で大きな問題となり、日本国内でも世論が激しく反応し、外務大臣も重大事だと受け止めていた。そのため韓国...
1907年

1907年07月20日 韓國皇帝退位と決す 十九日払暁譲位の勅令に親署

(1907〈明治40〉年7月20日・東京朝日新聞、7月19日京城発)韓国皇帝、退位を決定 韓国皇帝(高宗)は本日未明、退位(譲位)の勅令に自ら署名した。詳細は後...
1907年

1907年07月17日 山本大将一行の訪米は日米戦争熱の好鎮静剤

(1907〈明治40〉年7月17日『国民新聞』)(7月16日、ニューヨーク発電) 山本権兵衛一行は15日午前8時にニューヨークを出発してボストンへ向かい、その後...
1907年

1907年07月13日 韓廷は囚獄同様と、更にハーグに哀訴か

(1907年7月13日、東京朝日新聞)(12日ソウル発) 7月6日の閣議において、韓国皇帝はハーグ密使事件について、話題をそらしながらも、内心では自らの責任の重...
1907年

1907年07月12日 韓国皇帝は焦燥 統監はいまだ参内せず

(1907年7月12日、東京朝日新聞)(7月11日、京城発) 高宗 は、しきりに伊藤博文の意向を知りたがっているようである。しかし、統監はいまだ宮中へ参内してい...