政治・外交

1907年

1907年07月27日 韓国皇帝、日本の断固たる態度を恐れる― 日韓協約が異例の速さで成立した理由 ―

(1907〈明治40〉年7月27日『東京朝日新聞』、7月25日発) 新しい日韓協約が、これまでになく非常に簡単かつ迅速に裁可(皇帝の承認)されたのは、日本軍の厳...
1907年

1907年07月26日 韓国に第12師団の一部を増派 ― 内外の人々の生命・財産保護のため ―

(1907年7月26日『中外商業新聞』) 韓国の情勢は、京城(現在のソウル)での暴動がやや鎮静化したように見える。しかし、全国八道の情勢は依然として緊迫しており...
1907年

1907年07月25日 日韓新協約成立 ― 混迷する韓国を全面的に指導、統監府が実権を握る

(1907年7月25日『官報』) 1907年7月24日、京城(現在のソウル)で、日本の統監と韓国(大韓帝国)総理大臣との間で新しい日韓協約が締結された。その内容...
1907年

1907年07月21日 統監謁見録

(1907年7月21日・東京朝日新聞)(19日 京城発) 19日に統監(伊藤博文)が韓国皇帝に謁見した際の会話内容が漏れ伝わったところによれば、内容は以下のよう...
1907年

1907年07月21日 韓国皇帝譲位の経緯

(1907年7月21日・東京朝日新聞) ハーグ密使事件が世間で大きな問題となり、日本国内でも世論が激しく反応し、外務大臣も重大事だと受け止めていた。そのため韓国...
1907年

1907年07月20日 韓國皇帝退位と決す 十九日払暁譲位の勅令に親署

(1907〈明治40〉年7月20日・東京朝日新聞、7月19日京城発)韓国皇帝、退位を決定 韓国皇帝(高宗)は本日未明、退位(譲位)の勅令に自ら署名した。詳細は後...
1907年

1907年07月19日 排日派の集会

(1907〈明治40〉年7月19日午前1時 京城特派員発) 排日派の韓国人たちも数千人規模で大漢門(徳寿宮正門)付近に集まり、夜が更けるにつれて情勢は次第に不穏...
1907年

1907年07月17日 山本大将一行の訪米は日米戦争熱の好鎮静剤

(1907〈明治40〉年7月17日『国民新聞』)(7月16日、ニューヨーク発電) 山本権兵衛一行は15日午前8時にニューヨークを出発してボストンへ向かい、その後...
1907年

1907年07月13日 韓廷は囚獄同様と、更にハーグに哀訴か

(1907年7月13日、東京朝日新聞)(12日ソウル発) 7月6日の閣議において、韓国皇帝はハーグ密使事件について、話題をそらしながらも、内心では自らの責任の重...
1907年

1907年07月12日 韓国皇帝は焦燥 統監はいまだ参内せず

(1907年7月12日、東京朝日新聞)(7月11日、京城発) 高宗 は、しきりに伊藤博文の意向を知りたがっているようである。しかし、統監はいまだ宮中へ参内してい...