政治・外交

1907年

1907年02月20日 婦人の政治運動自由獲得案 その請願書、議会に提出されようとする

(1907年2月20日『平民新聞』) 女性にも男性と同じように政治運動の自由を与えるべきだとして、先ごろ治安警察法第五条の改正を求める請願を衆議院に提出した進歩...
1907年

1907年02月10日 朴泳孝、大赦を受け、喜ばしく帰国へ

(1907年2月10日 東京朝日新聞・神戸) 今回、韓国の亡命者であった朴泳孝氏は、大赦の恩命を受けることとなった。朴氏は、去る明治28年(1895年)に韓国内...
1907年

1907年02月06日 社会党員の筆禍――大杉栄らに体刑

(1907年2月6日 平民新聞) 政府は社会党を裁判によって攻撃しようとしているのだろうか。昨日は二つの裁判事件が、いずれも有罪判決を受けた。まず「新兵」事件に...
1907年

1907年01月06日 宮中席次の新定

(1907年1月6日・日本) 今回の叙勲により、大山巌元帥は勲章を、東郷平八郎大将は大勲位を授与された。このため、宮中における席次(公式行事での序列)に変更が生...
1906年

1906年12月31日 明治三十九年(1906年)の回顧

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.189写真引用:京城府?utm_source=chatgpt.com(1906年12月31日・東京朝日新聞)(前略) 韓...
1906年

1906年12月22日 亡命中の孫逸仙(孫文)が語る「南清の暴動」

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.184(1906年12月22日 時事新報) 南清(中国南部)で起きている騒乱は勢いが激しく、容易には鎮圧できない状態にあ...
1906年

1906年12月12日 森林経営および韓国―利源開発に関し日韓協約締結

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.180(1906年12月12日 東京朝日新聞) 鴨緑江および豆満江流域の森林は、韓国国境地帯における最も豊かな資源である...
1906年

1906年12月06日 米国大統領の人道的正義観 オットセイ惨殺問題に及ぶ

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.178(1906年12月6日 東京朝日新聞)(5日・ロイター電報) 米国大統領は、教書(年次教書)において、日本人排斥問...
1906年

1906年10月25日 米国、排日問題に関する我が抗議を受け入れず

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.158(1906年10月25日 東京朝日新聞)(10月24日 サンフランシスコ発) 本月23日、当地(サンフランシスコ)...
1906年

1906年10月12日 日本社会党機関紙「光」の「貧富の戦争」

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.152(1906年10月12日 東京朝日新聞) 日本社会党の機関紙である『光』の号外に掲載された、「貧富の戦争」と題する...