政治・外交

1907年

1907年07月10日 西太后、立憲準備に関する詔書を出す

(1907〈明治40〉年7月10日『東京朝日新聞』)(7月9日、北京発) 西太后 は、昨日8日、「立憲準備」に関する上諭(皇帝の詔書)を発した。その大要は次の通...
1907年

1907年07月09日 海牙密使事件で韓国政府は大混乱

(1907年7月9日、東京朝日新聞)(7月8日、京城発) ハーグ密使事件について、韓国宮中の動揺は非常に激しかった。一昨日6日に開かれた御前会議では、2時間にわ...
1907年

1907年07月06日 韓国皇帝の密使 ハーグの万国会議に現れて独立保護を哀訴す

(1907年7月6日・東京朝日新聞)(7月4日 京城発) 以前、アメリカ人のハルバートが京城を去った頃から、「ハーグ会議に韓国代表を送るらしい」という噂は存在し...
1907年

1907年06月29日 平和会議に日本からも提案

(1907年6月29日 東京朝日新聞)(6月28日 タイムス社電・ハーグ発) 第二回ハーグ平和会議で議論されている「国際捕獲審検所(海戦時の拿捕裁判所)」設置に...
1907年

1907年06月28日 谷中村の強制処分と村民の決意

(1907年6月28日 時事新報) 谷中村の立ち退き期限は27日までであったが、村民たちは依然として退去の準備をせず、最後まで当初の意思を貫く様子である。 本日...
1907年

1907年06月12日 朴泳孝、突然の帰国

(1907年6月12日 報知新聞) 朴泳孝が、去る8日に突然釜山へ上陸したこと、また法部大臣の趙重應が彼と面会するため釜山へ向かったことは、京城からの電報で既に...
1907年

1907年06月01日 孫逸仙と梁啓超 ― 清国亡命者の二派

(1907年6月1日 報知新聞) 日本に滞在している清国の志士たちの間には、二つの流れがある。一つは、孫文(孫逸仙)を支持する共和主義者で、雑誌『民報』を機関誌...
1907年

1907年05月31日 丸の内に建設される中央停車場 ― 建坪2700坪・費用215万円

(1907年5月31日 東京朝日新聞) 鉄道庁の高架鉄道事務所長である岡田竹五郎は、昨年6月に欧米視察へ出発し、このたび帰国した。中央停車場(新駅)の設計は当初...
1907年

1907年05月28日 韓国の国賓受贈事件、米国で問題化

(1907年5月28日 福岡日日新聞) 先ごろ、韓国皇太子の結婚式に際し、特使として派遣された田中光顕(宮内大臣)は、その機会に韓国の歴史的な国宝である白玉製の...
1907年

1907年05月22日 韓国政府、総辞職へ

(1907年5月22日 東京朝日新聞、21日京城発) 韓国の賛政大臣である朴は、これまで何度も辞意を示していたが、統監はそれを引き留めて今日に至っていた。 しか...