政治・外交

1906年

1906年01月13日 給仕斎藤富五郎 今は輝く海軍大臣

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.26(1月13日、都新聞) 新しい海軍大臣の斎藤実(まこと)氏は、藩閥(はんばつ=旧藩出身の政治的派閥)の支援がまったく...
1906年

1906年01月08日 長命だった桂内閣

引用:(1906年1月8日、國民新聞) 第四次伊藤内閣が辞職したあとを受けて、桂内閣は明治34年(1901年)6月2日に組織された。それから在職4年8か月を経て...
1905年

1905年11月01日 特命全権大使「クロード・マクスウェル・マクドナルド」信任状 

引用:特命全権大使「クロード・マクスウェル・マクドナルド」信任状「イギリス国王エドワード7世より明治天皇あて 駐日イギリス特命全権大使マクドナルドの信任状」(1...
1906年

1906年01月01日 明治三十八年の海外紀要(上)

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.6(1906年1月1日付 東京日日新聞)世界の注目、東洋に集中す 日露戦争の開戦以後、世界中の耳目は東洋の一隅に集中した...
1906年

1906年03月05日 堺利彦・片山潜・西川光二郎ら、日本社会党を結成

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.57(1906年3月5日・東京朝日新聞) 日本の社会主義者たちは、これまで政党として存在することを禁じられていた。しかし...
1905年

1905年12月27日 満洲の要地開放

引用:新聞集成明治編年史 第十二卷 P.554(1904年12月27日、国民新聞) 北京での交渉の結果、「門戸開放主義」を実行する方針として、清国が満洲の十数か...
1905年

1905年12月23日 大同倶楽部 出現の因線

引用:新聞集成明治編年史 第十二卷 P.551(明治38年12月23日 東京朝日新聞) 「大同倶楽部」の結成は、わが国の政治界において、まるで突然現れた出来事の...
1905年

1905年12月22日 帝都騒擾(そうじょう/=暴動)の責任を負って桂内閣ついに崩壊す

引用:新聞集成明治編年史 第十二卷 P.550(明治38年12月22日付 東京朝日新聞) 昨日(21日)午前10時から、首相官邸において臨時閣議が開かれた。(元...
1905年

1905年12月19日 伊藤侯を統監府に押し込めて — 武断派内閣、ひとまず安心

引用:新聞集成明治編年史 第十二卷 P.545(12月19日・満州朝日新聞)むしろ哀れに思うべきことである。 伊藤侯(伊藤博文)が朝鮮統監に就任することが決まっ...
1905年

1905年12月15日 日清交渉問題 ― 協定の内容

引用:新聞集成明治編年史 第十二卷 P.542(12月15日、東京朝日新聞) (13日上海発) 日本と清国の交渉について、協定の調印は15~16日頃に行われる見...