(1906年7月17日 東京日日新聞)
法学博士の梅謙次郎氏は、すでに報じられている通り、韓国の法律制度整備のため、法律顧問官として韓国政府に雇用されることとなった。近日中に、正式に契約を締結する予定であるという。
なお、煙草専売局事務官兼大蔵省書記官の中山成太郎氏(法学士)も、梅博士の補佐官として同様に雇用契約を結ぶとのことである。
◾️ 梅謙次郎とは誰か
梅謙次郎(うめ・けんじろう)は、
・明治期日本を代表する法学者
・民法典編纂の中心人物
・東京帝国大学教授
・フランス法・ドイツ法に通じた比較法学者
として知られる、日本近代法制の「設計者」の一人です。
とくに、
・明治民法の起草・体系化
・西欧近代法の日本化
に決定的な役割を果たしました。
◾️ なぜ韓国政府が日本人法学者を雇ったのか
1906年当時の韓国(大韓帝国)は、
・1905年:第二次日韓協約により日本の保護国化
・外交権を喪失
・内政改革、とくに法制度の近代化を迫られていた
状況にありました。
韓国政府としては、
・形式上は「自主改革」を装う必要があり
・しかし実務上は日本の指導・管理下で改革を進める
という矛盾した立場にありました。
そのため、日本の第一線の法学者を「顧問」という形で雇い、制度整備を進めるという方法が採られたのです。
◾️ 「法律顧問」という肩書の意味
「法律顧問」とは言っても、単なる助言者ではなく実際には
・法律草案の作成
・司法制度の設計
・官僚制度・裁判制度の整備
に深く関与する立場でした。
これは、韓国の法制度を日本型近代法制へと組み替えることを意味していました。
◾️ 中山成太郎の同行の意味
記事にある中山成太郎は、
・日本の官僚(大蔵省・専売局)
・法学士
・実務能力を備えた行政官
です。
彼が「補佐官」として同行することは、梅謙次郎が理論・立法の設計を担い、中山が実務・行政運営を補佐するという役割分担を示しています。
これは、
学術顧問+実務官僚 = 制度移植を確実に進める体制
を意味します。
◾️ 日本の対韓支配の一側面
この人事は、軍事・外交による支配、経済的進出とは異なる、「法制度を通じた支配」の典型例です。
法制度を握ることは、
・裁判
・官僚
・行政
・財政
のすべてを統制することにつながります。
梅謙次郎の招聘は、韓国の「近代化」を名目とした日本主導の制度的再編成を象徴する出来事でした。
◾️ 総括
この記事は短いものですが、日本近代法学の最高権威が韓国政府の中枢改革に直接関与するという点で、極めて重要です。
これは、大韓帝国が形式上は独立を保ちつつ、実質的には日本の制度的影響下に置かれていく過程を示す具体的な一事例であり、1910年の韓国併合へと至る流れの中で、「法と行政による統合」が進んでいたことを明確に物語っています。

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