(1906年7月13日 東京日日新聞)
日本とカナダの間で結ばれた通商に関する条約は、昨日12日、批准書の交換を完了した。この条約は次の二つの条項から成っている。
第一条
日本とイギリスの間に結ばれている通商条約(=日英通商条約)を、日本とカナダの通商関係にも適用すること。
第二条
この条約を廃棄しようとする場合には、少なくとも6か月前に予告すること。
以上の内容からなる本条約は、本日13日付の官報により公布される予定であるという。
◾️ 「日加通商条約」とは何か
この条約は、日本とカナダ(加奈陀)との間で結ばれた、通商関係を定める基本的な取り決めです。
ただし内容を見ると分かる通り、
・独自の詳細な関税・通商規定を設けるものではなく
・日英通商条約を準用する簡潔な条約
でした。
これは当時の国際法秩序の特徴をよく表しています。
◾️ なぜ「日英条約を適用」するのか
1906年当時、カナダは
・独立国家ではなく
・大英帝国の自治領(Dominion)
でした。
そのため、
・外交の基本枠組みはイギリスが主導
・日本との通商関係も、日英条約を基礎に整理
するのが合理的だったのです。
この条文は事実上、「日本とカナダの通商関係を、日英関係の延長として正式に認める」ことを意味します。
◾️ 日露戦争後の日本の国際的地位
この条約が結ばれた背景には、
・1904〜1905年:日露戦争の勝利
・日本が極東の大国として認識された
・欧米諸国が日本との条約関係を再整備
という流れがあります。
カナダ側から見れば、
・日本との通商を制度的に整える必要性
・極東市場との関係強化
があり、日本側から見れば、
・英帝国圏との経済的結びつきの拡大
・国際社会での信用強化
という利益がありました。
◾️ 人種問題と通商条約の微妙な関係
この時代の日加関係には、もう一つ重要な側面があります。
・カナダ西部では日本人移民が増加
・一方で、白人社会の反発・排日感情が高まりつつあった
そのため、
・移民問題は慎重に切り分け
・通商条約はあくまで経済関係に限定
して締結されました。
条約が簡潔であるのは、
・不要な摩擦を避ける
・柔軟な見直し(6か月前予告)を可能にする
という政治的配慮でもありました。
◾️ 「批准交換」と「官報公布」の意味
記事にある
・批准交換:両国が条約を正式に承認した証書を交換する行為
・官報公布:国内法として効力を持たせるための公式発表
は、条約が国際的にも国内的にも正式に発効したことを示します。
◾️ 総括
この記事は一見簡素ですが、実際には、
・日露戦争後の日本の国際的承認
・英帝国圏への経済的編入
・移民問題を抱えつつも進められた対加外交
という複数の要素を内包しています。
日加通商条約の締結は、日本が「地域大国」から「英帝国圏と制度的に結びつく国際通商国家」へと移行したことを示す、静かながら重要な一歩でした。

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