(1907年4月27日 福岡日日新聞)
京城(ソウル)で高まっている排日の気運は、次第に地方にも広がっている。国債報償運動などの民間運動も、人々の心を動揺させる一定の効果を上げていることは間違いない。
現在起きている暴動は、
①単なる略奪目的の暴徒(火賊)
②地方官の税政、特に違法な徴税への反発
③排日運動
の三つが重なって起こっているものである。このうち②の要素は時に排日的な意味を含むが、多くは韓国官吏の権威が失われていることへの怒りから来ている。最近、南部で続発している暴動は、次第に政治的な性格を強めており、日本人官吏や日本の官庁を襲撃する可能性もあるため注意が必要である。また、日本軍守備隊の撤退も多少影響していると思われる。全体として、排日派は地方においてある程度勢力を伸ばしつつあるが、洪州事件のような大規模事件が再び起こるほどではないだろう。
なお、近年、地方でキリスト教に入信する者が増えているのは事実であり、多くの人が教会に集まり、悲しみや憤りを歌にして表現する光景は珍しくない。しかし、宣教師が排日運動を扇動しているという説は信じるべきではない。
要するに、排日の気運は日ごとに国内に広がっているが、大きな事件に発展するとは考えにくい。当局も昨年の情勢を踏まえ、警戒を怠っていないようである。
写真・図引用:https://yamatake19.exblog.jp/page/58/#google_vignette
⚫︎ 韓国統治をめぐる緊張の高まり
この記事の背景には、日露戦争後の東アジア情勢があります。
日本はこの戦争の結果、韓国(当時の大韓帝国)に対する影響力を急速に強め、1905年には第二次日韓協約によって外交権を掌握しました。
これにより、韓国国内では:
- 主権喪失への危機感
- 日本への反発(排日感情)
- 既存の支配層への不信
が一気に高まります。
⚫︎ 排日運動と「義兵」運動
当時の暴動や抵抗運動の中核には、いわゆる「義兵(民衆武装勢力)」がありました。
これらは:
- 反日運動
- 反政府(韓国官僚)運動
- 農民反乱
が混在した性格を持っており、記事のいう「三つの要因が重なる」という分析は比較的正確です。
特に1907年前後は、後の大規模抗日闘争へつながる重要な時期でした。
⚫︎ 国債報償運動とは
国債報償運動は、日本からの借款に依存する国家財政から脱却するため、
- 国民が自発的に資金を出し合い
- 国の借金を返済しようとする
という運動でした。
これは単なる経済運動ではなく、「日本の影響から自立したい」というナショナリズム運動でもありました。
⚫︎ キリスト教と政治運動
記事では「宣教師の扇動は信じるべきでない」と述べています。
実際、当時の韓国ではキリスト教が急速に広まり:
- 教会が集会・議論の場になる
- 民族意識の形成に影響する
という側面がありました。
ただし、日本側報道はしばしば
- キリスト教=反日運動の温床
と疑う傾向があり、その点でこの記事はやや冷静な評価を示しています。
⚫︎ まとめ
- 京城を中心に高まった排日運動が地方へ拡大
- 暴動の原因は「略奪・税制不満・排日」が複合的に絡む
- 日本統治への反発と韓国国内の政治不満が同時に存在
- 国債報償運動など、ナショナリズムの高まりが背景
- 当時はまだ大規模反乱には至らないと見られていたが、実際には後の抗日運動へと発展していく
この時期は「日本統治への抵抗が本格化する前夜」にあたる重要な転換点と言えます。

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