朝鮮

1907年

1907年02月10日 朴泳孝、大赦を受け、喜ばしく帰国へ

(1907年2月10日 東京朝日新聞・神戸) 今回、韓国の亡命者であった朴泳孝氏は、大赦の恩命を受けることとなった。朴氏は、去る明治28年(1895年)に韓国内...
1907年

1907年01月17日 漢字統一会が発足

(1907年1月17日/萬朝報)漢字統一会 金子堅太郎氏と伊澤修二氏の二人が中心となって発起人となり、日本・清国・韓国の三か国において、最も役に立ち、かつ広く一...
1906年

1906年12月12日 森林経営および韓国―利源開発に関し日韓協約締結

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.180(1906年12月12日 東京朝日新聞) 鴨緑江および豆満江流域の森林は、韓国国境地帯における最も豊かな資源である...
1906年

1906年12月12日 韓国皇帝より我が皇室に親書捧呈

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.180(1906年12月12日 東京朝日新聞) 韓国皇帝陛下から日本の天皇陛下に宛てた親書が贈られたため、特使として内務...
1906年

1906年11月07日 韓国・葉銭整理 鶴原長官の訓諭

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.164(1906年11月7日 朝鮮新報)葉銭整理に関する訓示 鶴原長官は、二、三日前、各理事官および副理事官に対し、葉銭...
1906年

1906年10月23日 「大韓日報」の改刊

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.158(1906年10月23日、国民新聞) これまで京城(現在のソウル)で、日本人の手によって発行されてきた韓文新聞「大...
1906年

1906年10月07日 韓国棉花会社の創立

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.150(1906年10月7日 国民新聞)韓国棉花栽培協会が生産した繰綿(綿花を加工して種子を除いたもの)を買い入れること...
1906年

1906年07月17日 梅謙次郎、韓国法律顧問に雇われる

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.118(1906年7月17日 東京日日新聞) 法学博士の梅謙次郎氏は、すでに報じられている通り、韓国の法律制度整備のため...
1906年

1906年07月09日 韓国宮中粛清案

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.114宮禁令の内容(1906年7月9日 東京朝日新聞)(8日・京城発) 既報のとおり、宮禁令(きゅうきんれい)は、すでに...
1906年

1906年07月06日 韓帝逆鱗 李參頭・姜錫鎬 捕縛の詔書下る

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.114(1906年7月6日、中外商業新報)「逆鱗に触れたための勅命」韓国皇帝は、今月3日、おおよそ次のような内容の勅語を...