(1907年3月17日、新聞日本)
台湾の彩票(宝くじ)を売買した人々が検挙されたのは、ここ最近の出来事である。
しかし、この彩票の売買は以前から日本本土でも行われていたにもかかわらず、誰もそれを犯罪だとは思わずに過ごしていた。そのため、今回の検挙を見て、今さらのように驚き騒ぐのも無理はないことである。特に気の毒なのは、最初から事情を知らず、他人に勧められるままに購入し、思いがけない災難に遭ってしまった人々が多いという点である。
このような事情を考慮してか、裁判官もむやみに厳しく罰するのは忍びないと感じたらしく、古い法令である明治15年5月布告第25号の中の条文
「第五条:富くじに関する罪を犯しても、発覚する前に自首した者はその罪を免除する」
を引用し、ある程度は寛大に処理し、罪を許す方針であるとの噂が盛んに伝えられている。
しかしながら、彩票で当選して得た金銭については、罪の有無に関わらず没収されるとのことであるから、決して安心していられる状況ではない。
◾️ 台湾彩票とは何か
「台湾彩票」は、日本の植民地であった台湾で実施されていた宝くじ制度です。財政収入を得るために導入され、多くの人々にとって身近な投機手段でもありました。
◾️ 日本本土での「富くじ禁止」
日本では江戸時代以来、賭博的要素を持つ富くじは原則として禁止されており、明治政府もこれを引き継ぎました。
特に根拠となったのが、記事にも出てくる
- 明治15年布告第25号(富くじ取締規則)
であり、これは富くじの販売・購入を犯罪として扱うものでした。
つまり、
- 台湾では合法(植民地政策として許可)
- 日本本土では違法
という「法のねじれ」が存在していたのです。
◾️ なぜ問題になったのか
当時は流通や人の移動が活発化し、台湾の彩票が日本本土にも持ち込まれ、普通に売買されるようになっていました。
しかし、
- 多くの人が違法性を認識していなかった
- 半ば黙認状態だった
ところに、突然の検挙が行われたため、社会的混乱が生じました。
◾️ 「無知の善意」と司法の対応
記事が強調しているのは、
- 知らずに買った一般市民の存在
- 法律と現実のズレ
です。
そのため、司法側も柔軟対応として自首すれば免罪という規定を適用し、一定の救済を図ろうとしていました。
ただし、当選金は没収という点は厳格に維持されており、国家の統制意識の強さがうかがえます。
■ まとめ
この事件は、単なる宝くじ摘発ではなく、次のような重要な問題を示しています。
- 植民地(台湾)と本土で異なる法制度の矛盾
- 近代国家における「法の周知不足」問題
- 善意の市民が犯罪者化されるリスク
- 司法の裁量による救済とその限界
つまり、明治期日本の「法治国家化の過渡期」を象徴する出来事の一つといえます。

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