1907年

1907年11月25日 有毒ガスの研究

(1907年11月25日・東京朝日新聞)先ごろ、陸軍技術審査部の嘱託を兼任するよう命じられた、  ・一等軍医正・牧山健吉  ・三等軍医正・稲葉良太郎  ・一等薬...
1907年

1907年11月14日 地質調査、25周年

(1907年11月14日、時事新報) 日本の地質調査事業は、明治11年(1878年)、和田維四郎氏が、政府に雇われていたドイツ人のナウマン氏とともに政府へ建議し...
1907年

1907年11月14日 韓国皇帝、涙を流す――移宮を深く嘆かれる

(1907年11月14日・京城新報) 皇帝が住居を移される「移宮」の問題について、太皇帝(高宗)は、最初から不満を示されていたという。 今回、ついに移宮が決定し...
1907年

1907年11月12日 美顔術の看板

(1907年11月12日・新聞日本) 「美顔術」という看板を東京の街で初めて見かけるようになったのは、昨年(1906年)の秋ごろだった。当時、本紙でも美顔術につ...
1907年

1907年11月11日 足利で東武鉄道の開通式

(1907年11月11日・東京日日新聞) 昨日の正午、足利町の停車場前にある撚糸会社の構内で、東武鉄道の開通式が行われた。式には1,000人を超える人々が参加し...
1907年

1907年11月09日 英蘭銀行、一週間に3回の利上げを敢行―財界恐慌が世界的に拡大―欧州市場はますます険悪に

(1907年11月9日・中外商業新聞) ロンドンの金融情勢は、フランス中央銀行が特別に好意的な援助を行ったため、いったん少し落ち着きを取り戻した。しかし、アメリ...
1907年

1907年11月08日 ハワイ・セントルイス野球団来る―慶應が勝ち、早稲田が敗れる。打球が雲隠れ

(1907年11月8日・東京朝日新聞) ハワイのセントルイス野球団は、慶應義塾との第1回戦ではあっさり敗れてしまった。しかし、その技術は決して侮れないものだった...
1907年

1907年11月06日 漢字印字機の考案者が現れる―漢字のタイプライター(若林玵藏氏の考案)

(1907年11月6日・萬朝報) 印字機(タイプライター)は、現代社会にはなくてはならない機械になっている。しかし、現在のものは欧文しか打つことができず、日本語...
1907年

1907年11月05日 皇太子の韓国訪問と日韓関係―韓国民の感情は氷解した―皇帝が勅書を出し、国民の向かうべき方向を示す

(1907年11月5日・東京朝日新聞)(4日、京城発) 韓国皇帝は、次のような勅書を発表し、国民の心がどこへ向かっているのかを示した。 今回、日本の皇太子殿下が...
1907年

1907年10月25日 ニューヨークの金融界は完全に暗黒状態となる

(1907年10月25日・東京朝日新聞)ニューヨーク金融界の大混乱(24日、サンフランシスコ発) 今回の恐慌について、銀行関係者は「銅の価格が下落したことが原因...