1907年05月17日 茅葺・板葺の禁止(屋上制限令)公布

1907年

(1907年5月17日 報知新聞)
 警視庁は5月16日、庁令第20号として「屋上制限」に関する規則を公布した。その要点は次の通りである。
 今後、家屋やその他の建物を新築・改築・増築する場合には、屋根を瓦・石などの不燃性材料で葺かなければならない。また、現在すでに存在する茅葺や板葺などの可燃性屋根については、10年以内に不燃材料へ改めることとする。
 ただし、土地の状況や建物の構造上、不燃材料を用いる必要がない場合や、使用が困難な特別の理由がある場合、あるいは期限付きの仮設建物については、所轄の警察署の許可を得ることができる。これに違反した者には、2円以上10円以下の罰金が科される。

記事引用:https://dl.ndl.go.jp/pid/1920436/1/152

写真・図引用:https://smtrc.jp/town-archives/city/ginza/p02.html

⚫︎ 火災都市・東京の現実

明治期の東京は、依然として江戸時代の構造を引き継ぐ

  • 木造建築
  • 茅葺・板葺屋根
  • 密集した市街地

が広がっていました。

このため、ひとたび火災が起これば大規模延焼となりやすく、都市の最大のリスクは「火事」でした。

⚫︎ 近代都市政策としての防火

この屋上制限令は、都市の近代化政策の一環です。

政府・警察(警視庁)は:

  • 防火対策の強化
  • 建築規制の導入
  • 都市管理の制度化

を進めていました。

⚫︎ 「屋根規制」の意味

屋根は火災拡大の最大要因でした。

  • 茅葺 → 非常に燃えやすい
  • 板葺 → 延焼しやすい
  • 瓦 → 燃えない

つまりこの政策は「都市の素材そのものを変える」試みです。

⚫︎ 警察が建築を管理する時代

注目すべきは、建築規制を「警察」が担当している点です。

これは当時の特徴で:

  • 都市行政が未分化
  • 警察が広範な統制権を持つ

治安=都市管理という発想でした。

⚫︎ 生活への影響

この規制は実際には:

  • 建築コストの上昇
  • 庶民への負担
  • 伝統家屋の減少

を伴いました。

つまり、安全と経済負担のトレードオフ

⚫︎ まとめ

  • 可燃性屋根(茅・板)を禁止し、不燃材料を義務化
  • 既存建物も10年以内に改修対象
  • 背景は都市火災対策
  • 警察が建築規制を担う近代初期の特徴
  • 都市の物理構造を変える大きな政策

これは「江戸的都市」から「近代都市」への転換を示す重要な一歩といえます。

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