1906年07月06日 韓帝逆鱗 李參頭・姜錫鎬 捕縛の詔書下る

1906年

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.114

(1906年7月6日、中外商業新報)
「逆鱗に触れたための勅命」
韓国皇帝は、今月3日、おおよそ次のような内容の勅語を発した。

 李參頭(イ・サムドゥ)は人材の登用を誤り、国家の体制を損なった。
 また姜錫鎬(カン・ソクホ)は、その中間に立って取り持ちに奔走したが、
 両名ともにその罪状はきわめて重い。まことに嘆かわしい限りである。
 よって、両名を官職から罷免し、法部(司法当局)に命じて速やかに逮捕させ、厳重に処罰せよ。

というものである。

◾️「韓帝逆鱗」とは何か

 見出しの「逆鱗(げきりん)」とは、
  ・皇帝・君主の激しい怒り
  ・絶対的権威を侵したことによる激怒
を意味する漢語的表現です。

 この記事は、大韓帝国皇帝・高宗(こうそう)が、側近や高官の不正・失策に強い怒りを示し、勅命によって逮捕・処罰を命じた事件を報じています。

◾️ 李參頭・姜錫鎬とは誰か

 記事中の二名は、
  ・李參頭:官僚人事や政策に関与した高官級人物
  ・姜錫鎬:その調整・仲介役(斡旋・周旋)
とされ、特に
  ・人事の失敗
  ・政治的調停を装った不正行為
  ・国家体制(國體)を損ねた行為
が問題視されています。

 ここでいう「国体」とは、近代国家としての統治秩序・皇帝権威を指します。

◾️ 1906年という時代状況

 1906年の韓国(大韓帝国)は、極めて不安定な状況にありました。
  ・1905年:第二次日韓協約(乙巳条約)により外交権を喪失
  ・日本の統監府(伊藤博文)が設置
  ・皇帝高宗の権限は急速に縮小
  ・官僚・旧勢力・改革派の対立が激化

 このため、宮廷内部では
  ・責任のなすり合い
  ・皇帝の権威回復を意図した強硬措置
  ・「不忠」「失政」を理由とする粛清
が頻繁に行われました。

◾️ 皇帝による「処断」の政治的意味

 高宗が勅語で直接、
  ・官職罷免
  ・司法当局による逮捕
  ・厳罰の指示
を行ったのは、
  ・皇帝権威がまだ健在であることを内外に示す
  ・日本統監府の存在下でも、形式上の主権を主張する
  ・宮廷内の不満や動揺を抑える
という象徴的な政治行為でした。

 ただし、実際の司法・警察権は次第に日本側の影響下にあり、こうした勅命がどこまで実効性を持ったかは疑問視されています。

◾️ 日本の新聞がこれを報じる意味

 日本の新聞がこの事件を報じた背景には、
  ・韓国宮廷の混乱・統治能力の弱さを示す
  ・「改革不能な旧体制」という印象を与える
  ・日本の保護統治の正当性を暗に補強する
という当時の対韓認識・世論形成の意図がありました。

 「逆鱗」「罪状を極む」といった強い表現も、その文脈で用いられています。

◾️ 総括

 この記事は、日本の保護国化が進む中で、大韓帝国皇帝がなおも権威を誇示しようとした末期的な宮廷政治の一断面を伝えるものです。
 強い言葉で示される皇帝の怒りの裏には、主権喪失への焦燥と、統治権力の空洞化が色濃く反映されていました。

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