(12月16日・東京朝日新聞/14日ワシントン発)
ロシア帝国のリヴォニア州(ラトビア地方)の首都リガにおいて、主要な港湾や要塞は反乱軍によって包囲された。市街では多数の殺害事件が発生している。これに続いて、反乱側は臨時政府を組織し、リヴォニア州の独立を宣言した。
この報により取引所(市場)は大混乱を起こし、恐慌状態に陥った。
ロシア政府は、鎮圧のための援軍を現地へ派遣した。
リヴォニア(Livonia)とは
リヴォニアは、現在のラトビア北部からエストニア南部にかけての地域を指します。帝政ロシア時代には「リヴォニア州(Лифляндская губерния)」として統治されていました。首都リガはバルト海に面した商業都市で、ドイツ系住民が多く、経済的にも重要な港湾都市でした。
事件の時期:1905年ロシア革命の余波
この記事の日付「12月16日(1905年)」は、第一次ロシア革命(1905年革命)のまっただ中に当たります。
ロシアでは、
• 1904–1905年の日露戦争での敗北、
• 皇帝専制に対する国民の不満、
• 農民・労働者・民族運動の高まり
が重なり、帝国各地で同時多発的な暴動・蜂起が起きました。特にリヴォニア地方(バルト地域)は、古くからドイツ系地主とラトビア人農民の対立が激しく、革命の混乱の中で社会主義的・民族的な反乱運動が一気に広がりました。
「臨時政府の組織」とは
記事の「假政府(臨時政府)を組織し、リヴォニア州の独立を布告した」とあるのは、実際には1905年末にラトビア地方で発生した地方革命政府の樹立を指します。
この時期、
• リガや周辺都市では労働者評議会(ソビエト)が結成され、
• 農民は武装蜂起し、地主の邸宅を焼き討ち、
• 一部地域では「人民政府」「革命委員会」を名乗る臨時政権が成立しました。
これらは中央政府からすれば「暴徒の支配」ですが、現地では一時的に自治・独立を宣言する動きもあり、新聞はそれを「假政府」「濁立(独立)」と報じています。
「取引所の恐慌」
ロシア経済は1905年の革命で大打撃を受け、
• 鉄道のストライキ、
• 銀行の資金流出、
• 貨幣の信用不安
が相次ぎました。リガは貿易港として重要であったため、ここでの蜂起報は外国市場(特にドイツ・ロンドン・アメリカ)にも伝わり、一時的に「露国崩壊か」との懸念から金融市場が動揺したのです。
「援兵派遣」
ロシア政府は、この地域の反乱に対しバルト総督府の軍隊を投入し、1906年初頭までに徹底的な弾圧を行いました。数千人が処刑され、数万の農民が投獄されるという惨状でした。
歴史的意義
このリヴォニアの動乱は、
• バルト諸国独立運動の原点
• 社会主義革命運動の実験的前段階
として、後の1917年ロシア革命にも影響を与えます。つまり、この小さな「臨時政府の樹立」こそ、帝政ロシアの崩壊を先取りした象徴的事件の一つだったのです。


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