ロシア

1907年

1907年04月30日 ロシアはいよいよ危機的状況

(1907年4月30日、29日付タイムス電) ロシアの首都からの電報によると、軍隊内部において革命思想の宣伝が激しく広まっており、そのため当地(首都)やワルシャ...
1907年

1907年04月16日 万国平和会議に提案の諸問題

(1907年4月16日、新聞日本) 第二回ハーグ平和会議は、来る6月15日から開かれる予定である。 これに先立ち、ロシア帝国政府は、次のような内容の提案を各国に...
1906年

1906年10月16日 東京―ロシア首都間は十三日

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.154(1906年10月16日、東京朝日新聞) 敦賀―浦塩(ウラジオストク)間を結ぶ定期航路の蒸気船「モンゴリヤ号」は、...
1906年

1906年06月21日 ユダヤ人虐殺 オデッサ以上に深刻な状況

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.108(1906年6月21日 東京朝日新聞)(19日発・ロイター電報) ユダヤ人虐殺の実態を調査するため、ビアリストック...
1906年

1906年05月13日 韓国皇帝の密使、ロシア首都で狙撃される 追われて現在はウラジオストクに潜伏中

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.88(1906年5月13日 東京朝日新聞) 昨日ウラジオストクからの特別通信によると、次のようである。 5月4日午後、韓...
1906年

1906年05月09日 煙草専売局が十年計画で海外飛躍

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.87(1906年5月9日 読売新聞) 煙草専売局では、現在、清国(中国)において日本の煙草の強力な競争相手となっている英...
1906年

1906年05月07日 米亜横貫大鉄道 すばらしい計画

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.86(1906年5月7日 東京朝日新聞) アメリカ人が設計した、晩香坡(バンクーバー)を起点とし、アラスカを経由してベー...
1906年

1906年04月03日 降服には、私に堂々たる理由がある 降伏したロシア提督ネボガトフの声明

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.71(1906年4月3日・読売新聞) 日本海海戦でロシア艦隊を率いて、我が日本艦隊に降伏した ネボガトフ提督 は、死を覚...
1906年

1906年02月05日 清国、ロシアに対する要求条件を提示す

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.41(1906年2月5日・東京朝日新聞) 清国(中国)がロシアに対して提示した提案(要求条件)の内容は、次の通りである。...
1905年

1905年12月31日 ロシア革命、ついに失敗 党の指導者ら、すべて逮捕さる

引用:新聞集成明治編年史 第十二卷 P.556(1905年(明治38年)12月31日、東京朝日新聞)(29日、ワシントン発電報) モスクワにおいて、革命党の指導...