(1906年4月19日、東京朝日新聞)
保安規則(17日・京城発)
韓国に住む日本人の取締りを目的とした「保安規則」が、統監府令第10号として、18日に発表される予定である。この規則は、次の13条から成る。
第一条
住居や仕事を持たず、ふだんから乱暴な言動をしている者に対して、理事官は「一定の期間内に住居を定め、仕事に就くように」命じることができる。
(以下略)
■ 「在韓邦人」とは?
当時の朝鮮半島は日本の勢力下にあり、多くの日本人が
・商人
・労働者
・流民(職を求めて渡航した無職者)
・軍属・警察要員
として滞在していました。
1905年の第二次日韓協約により、韓国は日本の保護国となり、統監府が設置されます。
■ なぜ日本人自身を「取締り」する規則が必要だったのか?
1900年代初頭、朝鮮半島には多数の日本人が流入しましたが、その中には次のような人々も含まれていました。
・無職・住所不定者
・博打・酒乱・喧嘩などの問題行為をする者
・地元住民とのトラブルを起こす不良日本人
彼らの素行不良が、朝鮮側からの反日感情・反発を強める原因となっていました。日本政府は保護国統治を円滑に運営するため、「日本人自身の風紀を正す規則」が必要だと判断したのです。
■ 内容の特徴
この「在韓邦人取締保安規則」は、日本人に対し、
・住所を持て
・職業に就け
・粗暴な言動は禁止
・官憲は取締り・指導・強制帰国等が可能
といった、事実上の治安警察法です。
これは朝鮮人を対象としたのではなく、日本人自身を取り締まる点が特徴的です。
■ なぜこの時期に制定されたのか?
1906年は、
・統監府設置(伊藤博文が初代統監)
・日本による行政・警察権の掌握が進む年
であり、保護国支配の「秩序づくり」が本格化した時期でした。
トラブルを起こす日本人を放置すれば、
・朝鮮側の反発
・ロシア・欧米の批判
・日本統治の正統性低下
につながるため、統監府は急いで規則を作ったのです。
■ まとめ
この記事は、韓国を統治下に置いた日本が、問題行動の多い在韓日本人の風紀を正すための「保安規則」を制定したことを伝えるもの。これは日本による朝鮮統治初期における、「自国民統制」施策の一環でした。


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