1905年11月18日 女性たちの恨みも少なくなる―接吻(キス)の研究

1905年

引用:新聞集成明治編年史 第十二卷 P.528

(11月18日・時事新報)
 世界中で恨みの多い女性たちは、アメリカ・シカゴのアルフレッド・フワウラー氏の新しい発見に対して、深く感謝せずにはいられない――という報道がある。というのも、同氏は近ごろ「接吻(キス)」に関して熱心に研究を行い、大変な苦心の末に新しい著作を完成させたからである。
 フワウラー氏は「接吻」を八種類に分類している。すなわち、
  1. 情熱の接吻(恋愛感情によるキス)
  2. 慈愛の接吻(親子の愛情によるキス)
  3. 愛情の接吻(友情や女性同士の情愛によるキス)
  4. 敬虔の接吻(信仰や敬意を示すキス)
  5. 同胞の接吻(兄弟姉妹などの間に交わされるキス)
  6. 好奇の接吻(興味本位のキス)
  7. 詐欺の接吻(欺くためのキス)
  8. 害意ある接吻(悪意をもってなされるキス)
という八種類である。
 氏はこれらについて非常に細かく説明しており、その研究の価値は、彼の学位(Bachelor of Arts=文学士)以上のものがあると評されている。彼はまた、それぞれの「接吻の定義」について、特に興味深いものを抜粋して紹介しているという。
(以下略)

記事の時代背景

 この時期、日本では欧米文化の紹介記事が多く、特に「恋愛」「心理」「風俗」など西洋的なテーマが好奇心の対象となっていました。「接吻(キス)」という行為は、当時の日本ではまだ一般的な習慣ではなく、西洋の象徴的な風習として取り上げられることが多かったのです。そのため、「キスを科学的に分類した外国人学者」というニュースは、風変わりなトピックとして興味半分に報じられたものです。

記事のトーンと風刺性

 冒頭の「世界の多恨なる士女(しじょ)」「深く謝する所なかるべからず(=女性は感謝しなければならない)」という表現には、明らかにユーモラスまたは皮肉を込めた筆致が見られます。つまり、この記事は「女性たちの情愛や不満を、接吻の研究で説明できるかもしれない」といった軽妙な社会風刺・戯文調の記事なのです。当時の新聞には、ニュースの合間にこうした「文明開化風の風俗記事」や「海外珍聞(トリビア)」がよく掲載されました。

アルフレッド・フワウラー氏について

 記事中の「アルフレッド・フワウラー(Alfred Fowler)」という名前は、実在したイギリスの天文学者(1868–1940)と一致します。しかし、彼が「キスの研究」を行ったという記録はありません。したがって、この記事に登場する「フワウラー氏」はおそらく実在人物の名を借りたジョーク記事、もしくは新聞記者の創作によるユーモラスな風俗談だと考えられます。

まとめ
要するにこの記事は、
 • 西洋文化(特に恋愛観や接吻)への日本人の好奇心
 • 科学や分類への当時の風潮
 • ユーモア・風刺を交えた軽新聞記事の文化
を背景として書かれたものです。
 言い換えれば、「キスにも科学がある」という欧米風ニュースを借りて、文明化した日本の読者をくすぐる風俗記事だったのです。

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