(1907年6月8日 東京朝日新聞)
別子銅山では、前年2月に大規模な改革が計画されていることが労働者に知られ、その結果、激しい抵抗や焼き討ちを伴う暴動が発生した。しかし鉱山側は予定通り同年9月に改革を断行し、「飯場頭」と呼ばれる親分的存在の不良分子数名と、数百人の坑夫を解雇して制度を改めた。
この改革で職を失った者たちの残党がなお存在し、採鉱課主任の牧相信に恨みを抱いて機会をうかがっていた。そこへ、足尾銅山での騒動に刺激されたのか、その頃から過激な要求を繰り返すようになったが、鉱山側はこれを受け入れなかった。このため不満分子が仲間を扇動し、5月29日夜、第四・第五・第六坑道の運搬夫たちが集会を開き、翌30日にはその決議として、賃金の3割引き上げなど4項目を要求した。しかし鉱山側はこれを拒否したため、6月1日には運搬夫約60人が山神社に再び集まったが、この時は結論が出ずに解散した。
一方、坑夫約200人は別の場所で集会を開き、
①賃金3割引き上げ
②出勤奨励金(皆勤手当)
の条件を、従来の27日から21日に緩和することの2点を要求した。さらにこれを実現するため、各坑道から代表者を出し、事態は次第に緊迫していった。
写真・図引用:https://www.city.niihama.lg.jp/soshiki/kankou/ikadadukou.html
⚫︎ 別子銅山と日本の近代産業
別子銅山は、
- 住友の中核事業
- 日本最大級の銅山
近代工業化の基盤でした。
銅は:
- 電線
- 軍需
- 機械
→すべてに不可欠な資源
⚫︎ 労働制度の問題
記事に出てくる「飯場頭」とは、労働者を管理する中間支配層
問題点:
- 搾取構造
- 暴力的統制
- 労働者の自由の制限
⚫︎ 改革の意味
鉱山側の改革は:
- 飯場制度の解体
- 近代的労務管理への転換
一見「改善」だが、同時に:
- 大量解雇
- 既得権の崩壊
を伴ったため、強い反発を招いた
⚫︎ 足尾銅山との連動
足尾銅山では:
- 労働問題
- 公害問題(鉱毒事件)
が発生していました。
情報が波及し、労働運動が連鎖しました。
⚫︎ 労働運動の初期段階
この事件は:
- 労働組合が未成熟
- 自発的集会・暴動
→「前近代的な労働争議」
⚫︎ 要求内容の意味
労働者の要求は非常に具体的:
- 賃上げ(3割)
- 労働条件緩和(皆勤条件)
→生活防衛型の運動
⚫︎ 近代日本の矛盾
この事件は:
- 産業の急成長
- 労働者の低待遇
→両者の衝突
⚫︎ まとめ
- 別子銅山で労働争議が激化
- 改革による解雇と制度変更が原因
- 足尾銅山の影響も受け拡大
- 賃上げ・労働条件改善を要求
- 明治期の労働運動の未成熟さを示す
これは「日本の産業化と労働問題の衝突」を象徴する事件といえます。

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