引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.83
(1906年4月30日・読売新聞)
昨日の午前6時から、戦勝記念事業の最終として、記念絵葉書および記念切手が発売されることになり、市内の各郵便局ではそれぞれ準備を整えて、定刻どおり販売を開始した。
しかし、江戸橋郵便局本局などでは、午前4時ごろからすでに人々が詰めかけ、売り場付近は押し合いへし合いの大混雑となった。警官も万一の事態を警戒して警備に当たったが、購買者は後から後へと押し寄せ、先を争って買おうとし、押し合いへし合いながら大声を上げて騒ぐ様子は、見ていてもなかなか凄まじいものであった。
いよいよ販売が始まると、混雑はいっそう激しくなり、血気盛んな職人などは、印半纏(しるしばんてん)を脱ぎ捨て、腹掛け姿のまま群衆の肩越しに身を乗り出して買い求めるほどの騒ぎであった。
株式仲買店などでは、一人で数百枚も買い占める者があり、午前8時ごろには売り切れてしまった。九段坂下飯田町郵便局では、混雑のために2名が気絶したが、手当てを受けて幸いにも回復した。両国郵便局ではガラス窓が壊され、神田郵便局では釣り銭が不足して出せない状態となった。
また神田郵便局には、新橋方面で買えなかった人々が押し寄せたため、混雑はいっそう激しくなり、自転車で駆けつけた外国人なども、結局は買えずにむなしく立ち去る姿が見られた。いずれの郵便局も、終日にわたって大混雑であった。
◾️ 戦勝記念絵葉書・記念切手とは
この記事が伝える「戦勝記念」とは、日露戦争(1904〜1905年)の勝利 を記念するものです。
・日本初の「国民的勝利体験」
・皇室・政府主導で各種記念事業が実施
・記念切手・記念絵葉書は最大の人気商品
絵葉書には、
・戦闘場面
・凱旋する兵士
・連合艦隊
・乃木将軍・東郷元帥
などが描かれ、愛国心の象徴であり、同時に収集品 でもありました。
◾️ なぜ「最終発売」で大混雑したのか
記事には「戦捷紀念の最終として」とあります。
つまり、
・今回が 最後の公式発売
・再版はないと考えられていた
・将来値上がりするという期待
があり、投機的な買い占め も起きていました。本文中の「株式仲買店の如きは一人にて数百枚を購ひ」は、まさに転売・投機目的の大量購入を指しています。
◾️ 郵便局が“販売拠点”だった理由
当時、記念切手・絵葉書の販売は
・書店
・民間商店
ではなく、郵便局が唯一の公式窓口 でした。
そのため、
・朝から長蛇の列
・売り場の狭さ
・現金決済のみ
が重なり、各地で雑踏事故寸前の状態が生じました。
◾️ 記事が描く“熱狂する都市民衆”
この記事は、単なる混雑報道ではなく、
・職人が腹掛け姿で群衆をかき分ける
・外国人が自転車で駆けつける
・窓ガラスが割れる
・気絶者が出る
といった描写を通じて、戦勝に沸き立つ東京の熱狂と興奮 を生々しく伝えています。
これは、日露戦争後の日本社会が、
・国家の勝利を自分事として祝う
・都市大衆文化が形成されつつある
という時代の空気を象徴しています。
◾️ 一方での皮肉な側面
ただし1906年当時は、
・重税
・戦後恐慌の兆し
・物価高
に苦しむ庶民も多く、記念商品に群がる熱狂と、現実の生活苦との乖離も同時に存在していました。
新聞は、その熱狂ぶりをやや冷ややかに、「凄まじい」「雑沓を極む」と描いています。
■ まとめ
この記事は、
・日露戦争勝利を記念する公式商品の最終発売
・郵便局に殺到する市民
・投機的買い占めと都市の混乱
を通じて、戦後日本のナショナリズムと大衆社会の誕生 を象徴的に伝える記事です。


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