アメリカ

1908年

1908年02月22日 満洲開放と米国

(1908(明治41)年2月22日、『時事新報』)〔ワシントン2月20日時電〕 アメリカは、満洲の門戸開放を維持するためには、ついには武力に訴えることもあるだろ...
1908年

1908年01月29日 ニューヨーク恐慌、再発の兆し

(1908年1月29日、時事新報・ニューヨーク1月26日電報) 米国の金融界でも、特に経営が堅固で、最も有力な銀行の一つと考えられていた北米国立銀行(Natio...
1907年

1907年11月09日 英蘭銀行、一週間に3回の利上げを敢行―財界恐慌が世界的に拡大―欧州市場はますます険悪に

(1907年11月9日・中外商業新聞) ロンドンの金融情勢は、フランス中央銀行が特別に好意的な援助を行ったため、いったん少し落ち着きを取り戻した。しかし、アメリ...
1907年

1907年11月08日 ハワイ・セントルイス野球団来る―慶應が勝ち、早稲田が敗れる。打球が雲隠れ

(1907年11月8日・東京朝日新聞) ハワイのセントルイス野球団は、慶應義塾との第1回戦ではあっさり敗れてしまった。しかし、その技術は決して侮れないものだった...
1907年

1907年10月25日 ニューヨークの金融界は完全に暗黒状態となる

(1907年10月25日・東京朝日新聞)ニューヨーク金融界の大混乱(24日、サンフランシスコ発) 今回の恐慌について、銀行関係者は「銅の価格が下落したことが原因...
1907年

1907年10月15日 比島(フィリピン)売却説が浮上

(1907〈明治40〉年10月15日・中外商業新聞) フィリピンを売却するという説が世間で流れている。これを、ある方面が作り出した単なるデマだと考える人もいる。...
1907年

1907年10月01日 米国大統領タフト来朝

(1907〈明治40〉年10月1日・東京朝日新聞) 東京市と東京商業会議所が主催したタフト歓迎会は、昨夜7時から帝国ホテルで盛大に開催された。出席者には、松方正...
1907年

1907年08月22日 米国大統領のトラスト征伐 株式界は惨落

(1907〈明治40〉年8月22日『東京朝日新聞』、8月20日ニューヨーク発) ニューヨーク発の報道によると、株式市場関係者の間では、今回の株価暴落(恐慌)の原...
1907年

1907年08月13日 米国=東洋に関心 東洋事務局設置

(1907〈明治40〉年8月13日『中外商業新聞』) アメリカ国務省は、このたび「東洋事務局」という新しい部署を設置し、東洋(東アジア)に関する外交事務を専門に...
1907年

1907年07月17日 山本大将一行の訪米は日米戦争熱の好鎮静剤

(1907〈明治40〉年7月17日『国民新聞』)(7月16日、ニューヨーク発電) 山本権兵衛一行は15日午前8時にニューヨークを出発してボストンへ向かい、その後...