(1906年6月20日 東京朝日新聞)
日本銀行は今回、取引先の依頼によって行っていた本店・支店・出張所間の為替取引について、これまで徴収してきた「打歩(手数料)」を廃止し、同時に本店・支店・出張所における金利歩合の定め方についても改正を加え、近日中にこれを公表するという。
従来、日本銀行では、本店や支店・出張所間の為替取引に際して、兌換券(銀行券)を実際に輸送する費用などが必要であったため、打歩を徴収してきた場合もあった。しかし今回、同行は時代の趨勢を考慮し、各地の資金移動をより簡便かつ迅速にするため、この打歩を廃止し、今後は電信為替について一定額の電信料のみを徴収することとした。
その狙いは言うまでもなく、資金移動を円滑にすれば、資金が一部の地域に滞留することなく各地で循環・活用されるようになり、結果として商工業向け資金が潤沢になり、金利も自然に均一化・低下していくと考えられるからである。
また、これまで日本銀行の支店や出張所の中には、本店よりも高い金利で貸出を行っていたところもあったが、改正後は、これら支店・出張所も本店と同一の利率で貸出を行うこととする。
さらに従来、日本銀行は貸出金利を一律に適用してきたが、今後は貸出の種類(例えば株券担保貸付など)に応じて、金利に最高・最低の幅を設け、その範囲内で個別に判断して適用できるようにする予定である。ただし、利率を公表する際には、最低歩合のみを掲示することになるという。
これらの改正が実施されれば、兌換券の発行量を増やさなくとも、金融は自然に円滑化し、資金が潤沢になり、金利が低下するという効果を生み、商工業界にとって大きな利便となるであろう。
◾️ 「打歩」とは何か
打歩(うちぶ)とは、
・為替取引に伴う手数料
・地域間の現金輸送や決済コストを補うための負担
でした。
明治期はまだ、
・現金(兌換券)の実物移動
・電信為替の未整備
が混在しており、都市間送金には相応の費用がかかっていました。
◾️ 日露戦争後の金融環境
1906年は、
・日露戦争終結直後
・戦費調達による金融逼迫
・戦後恐慌の懸念
が強かった時期です。
その一方で、
・産業復興
・商工業資金需要の増大
が急速に進んでおり、資金循環の円滑化が急務でした。
◾️ 地域間格差の是正
従来は、
・東京など大都市 → 金利が低い
・地方支店 → 金利が高い
という構造が存在しました。
今回の改正は、
・支店・出張所の金利を本店と同水準に統一
・地域による金融条件格差の縮小
を意図したものです。
これは、全国規模での経済統合を進める政策とも合致します。
◾️ 中央銀行としての機能強化
この改正は、日本銀行が
・単なる発券銀行
・政府の金庫番
から、全国の金融を調整する近代的中央銀行へと脱皮していく過程を示しています。
特に、
・金利操作
・資金移動の円滑化
・市場への間接的影響
を通じた金融政策の萌芽が見られます。
◾️ 商工業振興との関係
記事が強調するように、
・金利低下
・資金の潤沢化
は、
・中小商工業
・新興産業
にとって大きな追い風でした。
これは、戦後の日本経済を「軍事から産業へ」転換させる流れの中に位置づけられます。
◾️ まとめ
この記事は、
日露戦争後の日本銀行が、資金移動の自由化と金利制度の近代化を通じて、
全国的な金融の円滑化と産業振興を図ろうとした重要な制度改革
を伝えるものです。
中央銀行としての日本銀行の役割が、ここで一段階進化したことを示す好例と言えるでしょう。

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