1907年11月06日 漢字印字機の考案者が現れる―漢字のタイプライター(若林玵藏氏の考案)

1907年

(1907年11月6日・萬朝報)
 印字機(タイプライター)は、現代社会にはなくてはならない機械になっている。しかし、現在のものは欧文しか打つことができず、日本語の文章を打てないことは、私たちにとって非常に残念なことである。ローマ字を推進する人々の中には、タイプライターで日本語を扱えないことを、ローマ字を主張する理由の一つに挙げる者もいる。
 ところが、速記術の熟練者である若林玵藏氏が、3年前から漢字を打てる印字機の発明に取り組み、最近になってようやく構想がまとまり、実際に使用できる見込みが出てきたという。そこで記者が本人を訪ね、話を聞いた。
 若林氏は次のように語った。
 「日本では、西洋の活字を参考にして漢字の活字を作り、実際に使用しているではないか。それならば、漢字の印字機(もちろん仮名も打てるもの)を作ることも、決して不可能ではない。これが私がこの発明を始めたときの考えだった。
 まず、普通の文章で使われる漢字がどのくらいあるのかを調べた。衆議院の議事録に使われている漢字を調べると、約2,560字あった。しかし、それだけでは足りない文字もあるので、さらに『玉篇』から、日常的に使われる漢字を3,000字余り選んだ。約3,000字あれば、普通の文章を書くには、だいたい困らないだろう。
 これらの文字を、五号活字と同じくらいの大きさで、一字一分角として並べると、全体で一尺×三寸ほどになる。しかし、文字を押し出すためのキーが一分では小さすぎるので、一字の大きさを三分に変更し、全体を三尺×九寸ほどにしたほうが使いやすい。また、平面に文字を並べただけでは使いにくいので、ロールのようなものに文字を取り付け、自由に回転させ、左右にも動かせるようにするつもりだ。
 近日中に鍛冶職人を一人雇い、いよいよ製作に取りかかる予定である。熟練すれば、十分に使用できるようになると信じている。」

記事引用:https://dl.ndl.go.jp/pid/1920436/1/192

写真・図引用:https://historysanjose.org/the-first-japanese-typewriter-a-100-year-old-mechanical-marvel-with-2450-characters/?utm_source=chatgpt.com

⚫︎ 1907年には「日本語タイプライター」が大きな技術課題だった

この記事でいう「印字機」は、現在のタイプライターです。

欧文タイプライターは19世紀後半には実用化されていましたが、日本語には大きな問題がありました。

英語なら、A・B・C・D……という少数の文字を並べれば文章を打てます。

ところが日本語では、漢字・ひらがな・カタカナを大量に扱わなければなりません。

若林氏は、この問題を「約3,000字を機械に組み込む」ことで解決しようとしたわけです。

⚫︎ 実は「漢字タイプライター」は後に実現する

この記事で若林氏が構想している方式は、現代のキーボードのように「キーを押すと文字が出る」という単純なものではありません。

記事によれば、

約3,000個の漢字をロール状に配置
→ロールを回転・左右移動
→目的の漢字を選択
→印字

という発想です。

つまり、漢字の数の多さを機械的な文字選択機構で解決しようとしたものです。

これは後の日本語タイプライターにも共通する重要な発想でした。

⚫︎ 3,000字という数字が面白い

若林氏は、まず衆議院議事録を調べて約2,560字を数えています。

さらに『玉篇』から日常的に使う文字を約3,000字追加し、「3,000字あれば普通の文章はだいたい書ける」と考えました。

これは当時の日本人が、「日本語を機械で処理するには何文字必要なのか」という問題をかなり具体的に考えていたことを示します。

今日のコンピューターでいう、「日本語文字コードに何文字収録するか」という問題の、非常に早い時期の試みとも見ることができます。

⚫︎ ローマ字論争とも関係している

記事には、「或羅馬字主張者は此機に依り得る事を以て其主張の一理由と爲せり」とあります。

つまり当時、「日本語は漢字が多すぎて近代的な機械文明に向かない。だからローマ字にすべきだ」という議論がありました。

タイプライターが欧文中心だったことは、確かにローマ字論者にとって有力な材料でした。

この記事は、「いや、漢字だって機械で扱えるようにすればよい」という反論を、若林氏の発明によって示そうとしているわけです。

⚫︎ 速記者が発明に挑戦したことにも注目

若林玵藏氏は速記術の熟練者でした。

速記とは、話された言葉を非常に速く記録する技術です。

そのため若林氏は、「大量の文字を、いかに素早く選択して記録するか」という問題に日常的に向き合っていました。

漢字タイプライターを考案したのも、こうした実務経験が背景にあったと考えられます。

⚫︎ まとめ

この記事の面白さは、単に「珍しい機械を発明した」という話ではありません。

① 日本語の機械化への挑戦
 1907年の段階で、すでに漢字を機械で入力する問題が真剣に研究されていました。
② 「3,000字」を機械に組み込む発想
 若林氏は、使用頻度の高い漢字を選び、機械化しようとしました。
③ ローマ字論争と結びついている
 「漢字は近代文明に不向き」という議論に対し、技術によって漢字を克服できると考えたわけです。
④ 後の日本語入力技術につながる
 この試みは、後に登場する日本語タイプライター、さらに長い目で見れば、ワープロやコンピューターによる日本語入力へとつながる問題の原点の一つと見ることができます。

⚫︎ 補足

日本語タイプライター

日本で本格的に実用化された漢字タイプライターとして特に有名なのが、杉本京太の日本語タイプライター(1929年)です。

約2,400字の活字を円盤状の台に並べ、活字を選んで印字する方式でした。

この機械は、今回の記事の若林氏の構想と比較すると非常に興味深いです。

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