(1906年3月5日・東京朝日新聞)
日本の社会主義者たちは、これまで政党として存在することを禁じられていた。しかし、新しい内閣になって政府方針が転換したことにより、このたび「国法の範囲内で社会主義を主張する」という綱領を掲げ、あらためて政党届を提出し、「日本社会党」として正式に活動を開始するに至った。本部は神田区三崎町一番地に置かれる。
評議員および幹事は以下の通りである。
【評議員】
加藤時次郎、田添鉄二、西川光二郎、岡千代彦、斎藤兼次郎、片山潜、堺利彦、樋口伝、森近運平、山口義三、深尾韶、竹内余所次郎、幸内久太郎
【幹事】
西川光二郎、森近運平、堺利彦
● 日本社会党の誕生
この記事が報じている日本社会党は、日本で最初に合法的に結成された社会主義政党です。
同党の中心人物には、
• 堺利彦(『万朝報』元記者・社会主義思想家)
• 片山潜(世界的社会主義運動家、後にソ連へ)
• 西川光二郎(ジャーナリスト・社会運動家)
らが含まれます。
● 前提:社会主義運動の弾圧
明治政府は社会主義思想を危険思想とみなし、1900年発布の治安警察法により活動を大きく制約しました。1901年には同じく堺・片山らによる「社会民主党」が結成されましたが、結成当日に禁止されています。
● 1906年に合法化された理由
日露戦争(1904–05)後、日本社会は軍事的成功の裏で
• 物価の上昇
• 労働争議の増加
• 国民負担の拡大
といった問題に直面しており、社会問題への政治的関与が重視され始めました。
さらに、第一次西園寺内閣(1906年1月発足)はそれまでの強硬姿勢を部分的に緩和し、社会主義者にも一定の政治活動の余地を認めました。
● しかし短命に終わる
日本社会党は合法的に発足したものの、勢力拡大や社会主義的言論が警戒された結果、1907年2月に政府により禁止・解散させられました。活動期間は約1年足らずでした。
■ 歴史的意義
1. 日本初の合法社会主義政党
2. 労働・社会政策への本格的問題提起
3. 後の無産政党運動(労農党など)へ精神的基盤を提供
4. 社会思想・出版・運動史上の重要事件


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