(1907年3月1日『東京日日新聞』)
遣米艦隊の出航
来る5月13日、アメリカのバージニア州ジェームズタウンで開催される陸海軍祝典に参列するため派遣を命じられた、軍艦 筑波 と千歳から成る帝国海軍の艦隊は、予告されていたとおり、2月28日午前11時10分、司令長官 伊集院五郎 の指揮のもと、横浜港 を出航し、遠い航海の途についた。
これに先立ち、艦隊を見送るため伊東祐亨(元帥)、東郷平八郎(軍令部長)、斎藤実(海軍大臣)、井上良馨(海軍大将)をはじめとする海軍の高官が出席した。また、各国の領事、外交武官、将校の家族や友人など多くの人々が見送りに訪れた。彼らは午前9時ごろから、両艦が桟橋へ用意した艦載ランチ(小型ボート)に乗って筑波艦を訪問した。
さらに当日は横須賀鎮守府から水雷艇や潜航艇(潜水艇)、ランチ数隻が派遣され、艦隊出発の支援を行った。
本来であれば、横須賀軍港に停泊している軍艦からもボートを出して見送りの式典が行われる予定であったが、朝から天候が急変し強風となったため、その儀式は中止されたという。
写真・図引用:https://en.wikipedia.org/wiki/Japanese_cruiser_Tsukuba?utm_source=chatgpt.com
◾️ ジェームズタウン三百年祭
この記事の祝典は「ジェームズタウン三百年祭」である。これは1607年のジェームズタウン植民地建設から300年を記念する国家的イベントだった。
開催地
ジェームズタウン(現在のバージニア州)
展示内容
- 海軍観艦式
- 軍事展示
- 国際博覧会
多くの国が軍艦を派遣した。
◾️ 日露戦争後の日本海軍の国際デビュー
この時期の日本は、1904–1905年の日露戦争でロシアに勝利し、世界で新しい海軍強国として注目されていた。特に日本海海戦の勝利で日本海軍の評価は非常に高まっていた。
そのため
- 国際観艦式
- 海軍祝典
に日本艦隊が招待されるようになった。
◾️ 派遣された軍艦
派遣されたのは、筑波(1905年竣工の装甲巡洋艦、日露戦争後の日本海軍の主力艦)、千歳(1898年竣工の巡洋艦、日清戦争・日露戦争にも参加)であった。
◾️ まとめ
この記事は1907年のアメリカ海軍祝典に日本艦隊が派遣された出来事を報じている。
重要ポイント
- 米国ジェームズタウン三百年祭に参加
- 日本艦隊(筑波・千歳)が派遣
- 横浜港から出航
- 日本海軍首脳が見送り
これは日露戦争後、日本が海軍大国として国際社会に登場した象徴的事件の一つである。

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