中国

1908年

1908年02月22日 満洲開放と米国

(1908(明治41)年2月22日、『時事新報』)〔ワシントン2月20日時電〕 アメリカは、満洲の門戸開放を維持するためには、ついには武力に訴えることもあるだろ...
1908年

1908年02月11日 清国の辰丸抑留事件紛糾

(1908〈明治41〉年2月11日、東京日日新聞) 日本汽船「第二辰丸」がマカオ付近で武器を陸揚げしようとしていたところ、清国の巡視船に発見され、広東で抑留され...
1908年

1908年02月07日 間島は――国籍不明

(1908〈明治41〉年2月7日、東京日日新聞) 昨日6日の衆議院予算分科会で、鶴原〔定吉〕委員から間島問題について質問があった。 鶴原委員は、間島の所属につい...
1908年

1908年01月03日 孫逸仙(孫文)再興の噂

(1908年1月3日、東京朝日新聞) 江西省の巡撫は、孫逸仙(孫文)の革命派が、再び江西・湖南の境界付近で蜂起するのではないかと考えている。そこで北京政府に対し...
1907年

1907年09月25日 満州八旗兵の廃止問題

(1907〈明治40〉年9月25日『報知新聞』) 清朝では現在、八旗兵制度の廃止が重要な政治改革の課題となっている。今回の清朝政府の改革案では、憲法制定(立憲政...
1907年

1907年09月06日 北京政界の変

(1907〈明治40〉年9月6日『福岡日日新聞』) 北京からの電報によると、袁世凱と張之洞の両総督が新たに軍機処(清朝最高の政策決定機関)のメンバーとなり、さら...
1907年

1907年08月03日 西太后が政務から退く意向か

(1907〈明治40〉年8月3日『中外商業新聞』) 古代中国では、秦の始皇帝が方士(仙人・道士)を東方へ派遣し、不老不死の薬を探させたという話がある。それは昔の...
1907年

1907年07月10日 西太后、立憲準備に関する詔書を出す

(1907〈明治40〉年7月10日『東京朝日新聞』)(7月9日、北京発) 西太后 は、昨日8日、「立憲準備」に関する上諭(皇帝の詔書)を発した。その大要は次の通...
1907年

1907年06月01日 孫逸仙と梁啓超 ― 清国亡命者の二派

(1907年6月1日 報知新聞) 日本に滞在している清国の志士たちの間には、二つの流れがある。一つは、孫文(孫逸仙)を支持する共和主義者で、雑誌『民報』を機関誌...
1907年

1907年04月18日 日清鐵道協約ー新民屯・奉天間及び吉林・長春間に関し

(1907年4月18日、東京朝日新聞) 1907年4月15日、林董(清国駐在公使)と清国の外務大臣との間で、新民屯―奉天間および吉林―長春間の鉄道に関する協約が...