(1906年3月29日 東京朝日新聞)(長崎発)
きょう朝6時50分ごろ、三菱の高島炭鉱でガス爆発が起こり、坑内から黒煙が噴き出して、どうすることもできなかった。その坑内にいた坑夫232名、役員3名、その他21名、合わせて多数が死亡したものと認められている。
この記事は、明治39(1906)年3月に長崎県・高島で発生した「三菱高島炭坑ガス爆発事故」を報じたものです。
● 高島炭鉱とは?
明治期の日本の工業化・近代化を支えた重要な炭鉱のひとつでした。
・長崎港の沖にある高島(高島町)に開かれた炭鉱
・日本初期の本格的な近代炭鉱
・1881年から三菱が経営
● ガス爆発事故の多発
当時の炭鉱では、
・換気設備の未整備
・粉じん・ガス(メタン)の蓄積
・灯りに裸火(ランプ)を使う
といった危険が常に存在しました。
そのため、ガス爆発や坑道崩壊事故は頻発しており、明治時代は「炭鉱労働=危険な仕事」の代名詞でした。
● 今回の事故の特徴
記事から読み取れるポイントは以下の通りです。
早朝のガス爆発
朝の作業開始直後に爆発が起きた可能性が高い。
黒煙が噴出し、救援が不可能
坑内が一気にガスと火炎に包まれ、救助隊が近づけなかった。
死者数は約260名
坑夫232名
役員(監督や技師)3名
その他作業員21名
→ 260名前後の大惨事
明治期の炭鉱事故としては最大級の被害です。
● 「三菱と炭鉱事故」の関係
三菱は日本有数の炭鉱経営者であり、
・高島炭鉱
・端島(軍艦島)炭鉱
などを運営していました。
三菱の炭鉱では
・労働環境が過酷
・事故が多い
ことが指摘されており、この爆発事故はその象徴的な事件の一つです。
● 社会に与えた影響
この事故は全国紙にも大きく報じられ、炭鉱労働の危険性が広く知られる契機となりました。1900年代初頭は、社会運動家・記者・医師らにより
・労働災害
・労働時間
・労働者の待遇改善
への関心が高まった時期であり、この事故はそうした議論を後押ししたと考えられます。
■まとめ
この記事は、三菱高島炭鉱で発生した大規模ガス爆発事故(死者約260名)を速報として伝えたものです。
背景には、
・明治期の炭鉱の危険性
・労働者の過酷な環境
・日本の近代化を支えた炭鉱産業の影
があります。


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