1905年12月24日 京浜電車 品川―神奈川間開通

1905年

引用:新聞集成明治編年史 第十二卷 P.551

(明治38年12月24日 萬朝報)
 しばらく開通が延期されていた品川―神奈川(横浜手前)間の電車路線が、いよいよ本日(12月24日)から開通することとなった。
 その始発・終発時刻は次の通りである。
  • 品川発  始発:午前5時
        終発:午後11時30分
  • 神奈川発 始発:午前5時20分
        終発:午後11時30分
 両駅のあいだを走る所要時間は約50分で、5分おきに電車が発車する予定である。新橋から横浜まで電車を乗り継いで行くと、乗り換えの時間を含めておよそ1時間半ほどかかる計算になる。これは、最も速い急行列車や準急行列車に比べるとずっと遅いが、もともと急行列車は一日わずか3本しかないため、比較するのは適当ではない。
 普通列車の場合、東京―横浜間を走る汽車の所要時間は59分であるが、電車は待ち時間が少ない点でこれを補っており、結果的にはそれほどの差がないだろう。
 さらに、電車の方は乗り換えの手間が少なく、運賃も安いため、利用者にとっては汽車に代わる便利で経済的な交通手段として選ばれるに違いない。

「京浜電気鉄道」開業とは何か

 この記事が報じているのは、現在の京浜急行電鉄(京急)の前身にあたる京浜電気鉄道(けいひんでんきてつどう)の開通です。
  • 開通日:1905年(明治38年)12月24日
  • 開通区間:品川駅 – 神奈川駅(現在の京急神奈川駅付近)
  • 所要時間:約50分
  • 運転間隔:5分おき
  • 使用車両:直流600V電化の電車
 当時としては、東京と横浜という二つの大都市を「電車(路面電車型の電動鉄道)」で結ぶ構想自体が最先端の試みでした。つまり、これは日本初の都市間高速電気鉄道といえるものでした。

それまでの交通手段との比較

 当時、東京―横浜間の交通は、主に**国鉄の東海道線(汽車)**によって担われていました。
  交通手段    所要時間        本数   特徴
  東海道線・急行 約45〜50分     1日3本 速いが運賃が高い
  東海道線・普通 約59分       本数多め 混雑しやすい
  京浜電車    約90分(乗換含む) 5分間隔 安く・便利だが遅い

 記事が指摘しているように、「電車は少し遅いが、待ち時間が短く安い」ため、市民にとってはむしろ使いやすい新交通機関だったのです。

「電車」という新しい文化

 このころの日本では、都市部でようやく「電気鉄道(電車)」が広まり始めた時期でした。東京では1895年に「東京電車鉄道(のちの都電)」が走り始めていましたが、それは市内路面電車でした。一方、京浜電車は都市間を結ぶ電車として登場した点で画期的でした。今でいう「都市近郊鉄道」や「通勤電車」の先駆けです。

記事の時代的意義

 この記事は単なる運行開始の案内に見えますが、背景には明治後期の都市化と産業発展がありました。
  • 東京と横浜を結ぶ人・物の流れが急増
  • 通勤・通学・商業・輸送の新需要が拡大
  • 電力技術の進歩により電気鉄道が実用化
 その結果、「庶民の足」としての電車文化が誕生したのです。
 この開通は後に、
  • 大正期の「京浜急行」への発展、
  • 戦後の「通勤電車文化」、
  • 東京圏の都市連携(東京・川崎・横浜)
 の基礎となりました。

『萬朝報』の視点

 『萬朝報(よろずちょうほう)』は、当時の日本で最も影響力のあった大衆紙の一つで、社会問題・新技術・交通・文化に敏感な新聞でした。この記事も単なる事務的報道ではなく、読者が電車を生活の新しい選択肢として考えるよう促す視点が盛り込まれています。

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