(明治39年1月22日・東京朝日新聞)
英国皇帝陛下(=国王陛下)は、同国最高の勲章であるガーター勲章を我が**天皇陛下(明治天皇)**に贈呈されるため、特使として勲章大使アーサー・コンノート殿下を日本に派遣されることとなった。殿下は、来たる2月中旬に来日される予定である。
もともと、この勲章は創設当初から二十六名の叙勲者に限定されており、その数は以来一度も増減されたことがない。したがって、世界にわずか26個しか存在しない非常に貴重な勲章である。勲章の正式名称は“The Most Noble Order of the Garter”(英語で「ガーター勲章」)で、その原名は「ホーセン・バンド・オルデン」(Hosenband Orden)と称する。「ホーセンバンド」とは英語で“靴下留め(ガーター)”を意味する。
この勲章の装飾は、外周にガーター(靴下留め帯)を巻き、さらに叙勲者の膝の下に実際のガーターを締める形式で、儀式の際には濃緑色の勲服を着用する。最近行われた同勲章の授与式としては、1861年3月6日にベルリン城の白の大広間にて、プロイセン王陛下(ヴィルヘルム1世)に授与された例がある。この授与式が以後の模範例とされ、今回日本の宮中で行われる拝受式(授与の儀式)も、その儀式を参考にして定められたとのことである。
時代背景:日露戦争後の「一等国」外交
この記事は明治39年(1906)初頭の記事です。前年1905年、日本は日露戦争に勝利し、ポーツマス条約を締結。この勝利によって日本は、アジアの一国から欧米列強と肩を並べる「世界の強国」へと躍進しました。この戦勝を受けて、英国は日本との同盟関係をより強化しようとし、国王エドワード7世は日本の明治天皇に、英国最高の栄誉勲章である「ガーター勲章」を贈ることを決定しました。
ガーター勲章とは?
• 創設:1348年、英国のエドワード3世が創設
• 正式名称:The Most Noble Order of the Garter(最も高貴なるガーター勲章)
• 定員:国王(君主)を首長とし、騎士(Knights Companion)25名のみ
• 性格:英国騎士団の最上位、国家最高の名誉勲章
• 象徴:「Honi soit qui mal y pense(悪意を抱く者に災いあれ)」の銘を帯に刻む
この勲章は、外国君主への最高礼遇(外交的親善の象徴)としても用いられました。明治天皇のほか、外国元首ではプロイセン王ヴィルヘルム1世、ロシア皇帝アレクサンドル2世、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世なども受章しています。
特使:コンノート公アーサー殿下
• アーサー・ウィリアム・パトリック・アルバート(Arthur William Patrick Albert, Duke of Connaught and Strathearn)
• ヴィクトリア女王の三男で、英国王族の有力者。
• 軍人としてインドやカナダ総督などを歴任。
彼が勲章大使(特命全権大使)として来日し、2月18日(1906年)に明治天皇へ直接ガーター勲章を奉呈しました。日本側からはこれに応じて、旭日桐花大綬章を英国王に贈っています。
意義:日英同盟の深化
当時、日本と英国は日英同盟(1902年締結)を結んでおり、日露戦争では英国が外交的に日本を支援しました。
このガーター勲章の贈呈は、
• 日本を「正式に欧州列強と同格」と認める
• 日英同盟を軍事・外交両面で永続的なものにする
という象徴的意味を持っていました。
そのため、新聞の見出しにも「日英親善の最高表示」とあるのです。
儀式と儀礼
記事の後半に記されているように、英国ではガーター勲章授与に厳格な儀礼があり、日本でもベルリン城の授与式(1861年のプロイセン王叙勲)を参考に、宮中での奉呈式(拝受の儀)が定められました。当日は皇居で厳粛な式が行われ、コンノート殿下が明治天皇に勲章を手渡し、英国国王の親書を奉呈しています。


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