(1906年12月28日・東京朝日新聞)
今回特許となったアルミニウムの簡易製造法は、近年の冶金界における大きな発明である。従来、アルミニウムの製造は、アメリカのナイアガラ付近やイギリスなどで行われており、世界的な需要は日々増加しているものの、非常に大量の電力を必要とするため、価格を安くすることができなかった。
最近の相場では、アルミニウムは1トンあたり2,200円であり、本年度における日本海軍だけの需要でも、その総額は実に205万円に達している。また、農商務省の調査によれば、昨年一年間のアメリカからの輸入額は2,300万円に達し、前年より700万円も増加している。
ところが、今回発明された特許製造法は、白粘土に含まれるケイ酸アルミニウムの中から、薬品の力によってアルミニウムだけを分離する方法であり、従来法の半分程度の電力で製造が可能だという。そのため、1トンあたりおよそ1,000円前後で製造できる見込みである。
この特許を取得した発明家は、札幌区北四条西十四丁目在住の竹島安太郎氏である。
◾️ アルミニウム需要の急増
20世紀初頭、アルミニウムは
- 軽量で強度がある
- 耐食性に優れる
という特性から、軍需(特に海軍艦艇・装備)、電線、機械部品などで需要が急増していました。日本でも日露戦争(1904–05年)後の軍備拡張により、海軍向け需要が大きく伸びていました。
◾️ 製造コストと電力問題
当時の主流製法(ホール・エルー法)は、
- 大量の電力を必要とする
- 水力発電の整った地域(ナイアガラなど)に立地が集中
という制約があり、日本では国産化が困難でした。そのため高価な輸入材に依存しており、記事にあるように輸入額は年々増加していました。
◾️ 国産化への期待
竹島安太郎の発明は、
- 白粘土(国内に比較的豊富)を原料にする
- 必要電力を半減できる
- 製造コストをほぼ半分にできる
と報じられ、アルミニウムの国産化と低価格化を実現する可能性を持つものとして注目されました。
◾️ 明治期の「発明ブーム」と工業立国路線
明治後期は、
- 特許制度の整備
- 民間発明家の登場
・・・「輸入依存から脱却し、国産工業を育てる」政策が進められていた時期です。本記事は、地方(北海道)の発明家が世界的素材に挑戦する姿を伝えることで、日本の近代工業化への希望を象徴的に示しています。


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