(1906年6月13日 国民新聞)
官設鉄道のうち、東海道線・北陸線・信越線という三つの主要路線では、貨物輸送量が年々増加している。昨年、軍需品を大量に輸送していた時期には、一日あたり九千六百トンを運び、運賃収入が二万円前後に達することもあった。
ところが、平和が回復した後は、一般営業貨物の輸送が増加し、最近では一日平均の収入が一万三千円から一万四千円に及んでいる。とくに去る9日には、一万三十トンという大量輸送を行い、その運賃収入は二万三千五百円という巨額に達したという。これは官設鉄道創立以来、かつてない高収入であった。
◾️ 日露戦争後の「戦後景気」
この記事は、日露戦争(1904〜1905年)終結直後の戦後景気を背景としています。
戦争が終わると、
・軍需中心の経済から
・民需・商業中心の経済へ
と急速に転換が進みました。特に国内外の物流が活発化し、鉄道輸送量が急増しました。
◾️ 官設鉄道の役割
当時の日本では、
・幹線鉄道の大部分は官設(国営)
・民間鉄道は補助的存在
であり、官鉄が国内物流の中核を担っていました。
東海道線・北陸線・信越線は、
・工業地帯
・港湾
・穀倉地帯
を結ぶ重要路線で、戦時中は軍需輸送、戦後は商業貨物輸送でフル稼働していました。
◾️ 数字が示す「未曾有」
記事が強調する「未曾有の収入」は、次の点で重要です。
・戦時の軍需輸送よりも
・平時の商業輸送の方が
・より安定し、高収益
であることを示しています。
これは政府にとって、
・鉄道経営の成功
・国有鉄道の収益性の高さ
を裏付ける材料でした。
◾️ 鉄道国有化論との関係
1906年は、まさに鉄道国有法が制定された年です。
政府は、
・鉄道を国家が一元管理すべき
・財政的にも十分成り立つ
という論拠を必要としており、この記事のような実績は、鉄道国有化を正当化する好材料でした。
◾️ 数字が持つ当時の重み
当時の二万三千五百円は、
・官吏の年俸数十人分
・中規模工場の年間経費に匹敵
する金額であり、新聞が大きく取り上げるに足る「記録的数字」でした。
◾️ まとめ
この記事は単なる好況報道ではなく、日露戦争後、日本経済が軍需から民需へと円滑に転換しつつあり、国有鉄道がその中心で大きな利益を生んでいることを示す象徴的記事です。
同時に、1906年という年が、鉄道国有化・戦後経済再編・国家主導型インフラ整備の転換点であったことを、数字を通じて雄弁に物語っています。

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