1906年06月11日 風月堂の氷菓子

1906年

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.105

写真:https://corp.fugetsudo-ueno.co.jp/history/

(1906年6月11日 読売新聞)
 神田今川小路二丁目にある風月堂では、例年どおり店内にテーブルを並べ、散歩のついでにアイスクリームを一杯味わえるような設備を整えている。しかも、そのアイスクリームの風味は毎日入れ替えているという。

◾️ 風月堂とは何か

 風月堂は、明治初期に創業した洋菓子店で、日本における西洋菓子文化の草分け的存在です。
とくに東京・神田や銀座に店舗を構え、
  ・ビスケット
  ・ケーキ
  ・アイスクリーム(氷菓子)
などを提供し、都市の知識人・学生・中産階級の人々に親しまれていました。

◾️ 明治期における「アイスクリーム」

 アイスクリームは明治初期に日本へ伝わった舶来の高級嗜好品で、
  ・氷の製造・保存技術
  ・牛乳・砂糖といった原材料
が必要なため、当初は限られた都市部でしか楽しめませんでした。

 1906年頃になると、
  ・製氷技術の進歩
  ・冷蔵・冷却設備の普及
  ・都市生活の成熟
により、夏の季節菓子として定着し始めていました。

◾️ 「室内に卓子を据え」の意味

 この記事が注目すべき点は、店内で腰を落ち着けて食べられるという記述です。当時の菓子店の多くは「持ち帰り」が中心でしたが、
  ・店内飲食スペースを設ける
  ・散歩の途中に立ち寄る
というスタイルは、喫茶店文化の前段階とも言えます。

◾️ 「散歩の序に」という都市文化

 明治後期の東京では、
  ・神田・銀座・上野といった市街地を歩く
  ・商店や菓子店を覗く
といった都市的な余暇行動(モダン・ライフスタイル)が広がっていました。

 この記事は、アイスクリームが特別な贅沢品 → 日常的な「涼を取る楽しみ」へと変わりつつあったことを示しています。

◾️ 毎日風味を替えるという工夫

 「風味も毎日取替る」という点は、
  ・顧客を飽きさせない工夫
  ・西洋菓子店としての技術力の誇示
  ・新しさ・流行性の演出
を意味し、近代的な商業戦略の一例といえます。

◾️ まとめ

 この記事は、単なる菓子店紹介に見えますが、明治後期の東京において、西洋菓子と都市的余暇文化が定着していく過程を端的に伝えるものです。

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