(1906年5月26日 東京朝日新聞)
今回のフランス議会において、予算委員長ゴロワッー氏がフランス陸軍の改良を主張した演説の中で、日露戦争について次のような評価を述べた。
1. 日露戦争において、戦線にある日本歩兵は、一人一日あたり約270発の弾薬を消費した。将来の戦争では、少なくとも350発を携行することを標準とすべきである。
2. 日露両軍の銃弾・砲弾の消費量が極めて多かったことは、世間の予想を完全に超えるものであり、近代戦争においてかつて経験されたことのない重大な新しい教訓である。将来フランス陸軍は、この点を深く考慮し、十分すぎるほどの弾薬準備を行う必要がある。
3. 日露戦争の実例から見ると、携行装備はいずれも有効であった。フランス陸軍においても、これらの装備の準備を、さらに重視すべきである。
4. 日本歩兵一人の負担重量は約39キログラムを基準としていたが、過重に苦しむ様子は見られなかった。これは戦線では背嚢を下ろして軽装になるためであり、この点も模範とすべきである。
5. 日本軍の軍装は褐色(カーキ色)であり、帽子や剣帯も同様である。これもまた見習うべき点である。
6. 機関銃は今回の日露戦争において、非常に大きな効果を発揮した。フランスの機関銃部隊も、より慎重かつ充実した整備を行い、その成果を期待すべきである。
7. 重砲は野戦兵器の中で、最も効果の高い武器としての重要性を一段と増した。これについては、さらに注意を払い、装備の整備・充実を図らねばならない。
9. 無線電信は、戦線各地を連絡するうえで最も必要なものであり、日本軍が実証した実例にならうべきである。
9. 衛生中隊が戦線で大きな成果を挙げた理由が何にあるのか、詳細な調査を行い、参考とすべきである。
10. 炊事車(移動炊事設備)は欠かすことのできない装備であり、戦線において最も必要な野戦器材であることは明らかである。
◾️ この記事の性格
この記事は、日本国内向けの記事でありながら、フランス議会での軍事論議を通して、日本軍の優秀さが欧州で高く評価されていることを伝える内容です。
つまり、「日本軍は世界水準、いや模範である」という評価を、日本国民に示す役割を持っています。
◾️ 日露戦争が欧州軍事界に与えた衝撃
日露戦争(1904–1905年)は、
・非白人国家が欧州列強を正面戦争で破った
・大規模な近代総力戦が初めて実戦で展開された
・塹壕戦・機関銃・重砲・無線通信が本格的に使われた
という点で、ヨーロッパ軍事史にとって画期的な戦争でした。
そのため、各国軍部・議会・参謀本部は、
・日本軍の戦術
・装備
・兵站(ロジスティクス)
・医療・衛生体制
を競って研究しました。
◾️ フランスが特に注目した理由
フランスは当時、
・ドイツ帝国との将来戦争を強く意識
・陸軍改革が急務
・弾薬不足・装備の旧式化が問題
という状況にありました。
そのため、
・最新の実戦経験
・成功例としての日本軍
は、理想的な教材だったのです。
◾️ 記事に見える「近代戦争の本質」
この記事の項目を見ると、従来の精神主義ではなく、
・弾薬消費量の数値化
・装備重量の管理
・通信・衛生・炊事といった後方支援
・迷彩色(カーキ色)の重要性
など、極めて現代的・科学的な戦争観が示されています。
これは、勇気や気合だけでは戦争は勝てないという認識が、すでに欧州では共有されていたことを示します。
◾️ 日本国内での意味
日本にとってこの記事は、
・日露戦争の勝利が「偶然ではない」
・日本軍は世界の模範となる存在
・近代国家として完全に認められた
という自信と誇りを国民に与える内容でした。
同時に、
・軍拡の正当化
・軍事費増大への理解
・国防意識の高揚
という政治的効果も持っていました。
◾️ 歴史的意義
この記事は、
・日露戦争が世界の軍事思想を変えたこと
・日本軍が「学ぶ側」から「学ばれる側」へ転じた瞬間
・近代総力戦への入口に世界が立ったこと
を示す貴重な史料です。
◾️ まとめ
この新聞記事は、「日本軍は勝っただけでなく、戦争のやり方そのものを世界に教えた」という評価を、フランス議会の声を通じて伝えています。それは同時に、20世紀の戦争が、より大規模で、より物量的・科学的になる時代へ入ったことを告げる記事でもありました。

コメント