1906年11月21日 大阪の実業家、セルロイドに着目

1906年

引用:新聞集成明治編年史 第十三卷 P.171

(1906年11月21日 時事新報)
セルロイド会社と政府
 先ごろ、大阪の岩井勝次郎氏らが発起人となり、資本金二百万円でセルロイド会社を設立しようとしたほか、神戸の松田某氏も外国人と共同して、資本金九百万円の会社を設立する計画を進めているという。さらに大阪では、小林林之助氏・小西儀助氏らが、同種の会社を設立しようとして、株式募集に着手する情勢にあるとも伝えられている。
 これらの動きは、近年セルロイドの需要がますます増加しているにもかかわらず、日本国内での生産はきわめて小規模にとどまり、その結果、毎年少なくとも百二十万円以上を輸入に依存している現状があるためである。
 このため政府は、直接・間接を問わず、セルロイド産業を保護・奨励すべきであると、先ごろ阪谷芳郎蔵相が明言した。これを受けて、一般にこの事業が重要視されるようになり、同種の企業設立が相次ぐ状況となっている。
 しかし政府の本音としては、現在この業界で「技師」と呼べる人物は大阪に一人いるだけであり、その人物が発起人となる場合に限って保護するにとどめ、外国人技師、あるいは外国人と共同経営する会社には、いかなる保護も与えない方針であるという。

◾️ セルロイドとは何か

セルロイドは、

  • 硝酸セルロースを原料とする
  • 世界初の実用的な合成樹脂

で、19世紀末から20世紀初頭にかけて、

  • 櫛・眼鏡枠・玩具
  • 写真・映画用フィルム
  • 文房具・日用品

など用途が急拡大していました。

当時としては最先端の化学工業製品でした。

◾️ なぜ大阪の実業家が注目したのか

大阪は明治期に、

  • 「東洋のマンチェスター」と呼ばれる繊維工業都市
  • 商業資本・銀行資本が集積

しており、新素材・新工業への投資意欲が高い都市でした。

セルロイドは、

  • 需要拡大が確実
  • 輸入代替効果が大きい

という点で、実業家にとって魅力的でした。

◾️ 政府の産業政策との関係

記事で言及されている阪谷芳郎蔵相は、

  • 積極的な殖産興業政策
  • 国産化・輸入代替の推進

を唱えていました。

セルロイドは、

  • 年120万円以上の輸入超過
  • 軍需(写真フィルム等)にも関連

するため、戦略物資的な側面もありました。

◾️ なぜ「外国人との共同会社」は保護しないのか

政府が、

  • 外国人技師・外資との合弁企業を保護しない

とした背景には、

  • 技術の国内定着を重視
  • 外国資本による支配・利益流出への警戒
  • 技術者育成を日本人主体で行いたい意図

がありました。

つまり、「産業は育てるが、主導権は日本側に置く」という方針です。

◾️ 記事が示す時代的意義

この記事は、

  • 日本が軽工業から化学工業・素材産業へ移行し始めた段階
  • 実業家・政府・技術者の関係性
  • 「官の奨励」と「民の起業」の結合

を具体的に示す史料です。

のちに、

  • 日本セルロイド
  • 帝国人造絹糸(レーヨン)
  • 化学工業の発展

へとつながる、近代日本工業化の転換点を読み取ることができます。

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