(1906年5月9日 読売新聞)
本年9月10日から15日まで、ドイツ・ベルリンにおいて開催される第5回万国生命保険大会には、日本の生命保険業界を代表する出席者として、今回、日本生命保険会社社長の片岡直温氏および同社主事の橋本重幸氏を出席させることが決定した。両氏は来月下旬に出発する予定であるという。
なお、これに関して農商務省からは、おそらく今回は政府としての出席者を派遣しないだろうとのことである。
◾️ 万国生命保険大会とは
万国生命保険大会は、19世紀末から20世紀初頭にかけて開催された、世界各国の生命保険関係者が集う国際会議です。
目的は、
・生命保険制度の整備
・保険数理・統計の共有
・契約者保護の在り方
・国際的な業界標準の議論
といった、保険を近代金融制度として確立することにありました。
第5回大会がベルリンで開催される点も、当時のドイツが
・保険数理
・社会保険制度
の分野で世界をリードしていたことを反映しています。
◾️ 片岡直温の出席が意味するもの
片岡直温は、
・日本生命保険の創業者の一人
・日本生命を国内最大級の保険会社へ育て上げた経営者
であり、日本の生命保険業界を代表する人物でした。
その片岡が国際大会に出席することは、日本の生命保険業が「国内模倣期」から「国際参加期」へ移行した
ことを象徴しています。
◾️ 民間主導である点の重要性
記事の最後にあるように、農商務省(当時の産業行政官庁)は出席者を派遣しない見込みとされています。
これは、
・生命保険業がすでに民間主導で成熟しつつあった
・政府の直接関与を必ずしも必要としなくなっていた
ことを示します。
同時代の無線電信会議などが官僚・軍人中心であったのと対照的です。
◾️ 日露戦争後の金融・保険拡大
1906年は日露戦争直後で、
・戦死者・遺族の増加
・国民のリスク意識の高まり
により、生命保険への関心が急激に高まっていました。
生命保険は、
・家計防衛の手段
・近代的金融商品の象徴
として、都市部を中心に普及していました。
◾️ 国際的信用の獲得
国際大会への出席は、日本の保険制度・会社が、国際的に「議論に参加できる水準」に達したことを意味します。とりわけベルリン大会は、日本の生命保険が欧米先進国と肩を並べることを内外に示す場でもありました。
◾️ 総括
この記事は、日本の生命保険業が国際社会に正式参加し始めた節目を伝えるものです。
官主導ではなく、
・民間大企業(日本生命)
・そのトップ経営者
が直接世界の議論に加わる点に、明治末期日本経済の成熟がよく表れています。


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