(1907年4月3日、東京朝日新聞)
流行の先頭に立つことを自任する三越呉服店では、欧米で行われているデパートメントストアの方式を取り入れ、店内の商品数を増やしている。そして一昨日からは、新しい柄の展示会を開催し、小売販売を開始した。
さらにこれと同時に、新しく建設した食堂や写真室も開業した。食堂では、料理一食50銭、和菓子やコーヒー・紅茶は各5銭、洋菓子は10銭で提供している。写真撮影も実費で応じている。
また、陳列場の中央には音楽家の北村季晴を招き、常に美しい洋楽を演奏させて来場者を楽しませている。その様子は、まるで一つの小さな博覧会のような趣を呈しているという。
写真・図引用:https://www.imhds.co.jp/corporate/business/department/history/history-mitsukoshi.html
◾️ 三越の近代化と百貨店の誕生
三越 は、もともと江戸時代の呉服店「越後屋」を起源とします。
明治期に入ると、西洋文化の流入に伴い、従来の対面販売中心の商法から脱却し、近代的な商業施設への転換が求められました。
この時期、欧米ではすでに百貨店(デパートメントストア)が発展しており、日本でもそれを模倣する動きが強まります。三越はその先駆けとして、以下のような革新的要素を導入しました。
- 商品を自由に見て回れる陳列方式
- 定価販売(値切り交渉の廃止)
- 多品種少量販売
- 娯楽・文化機能の導入(音楽・展示・飲食)
◾️ 「消費の場」から「体験の場」へ
この記事で特に重要なのは、単なる商品販売にとどまらず、
- 食堂
- 写真館
- 音楽演奏
といったサービスを同時に提供している点です。
これは、百貨店を「モノを買う場所」から「楽しむ場所・過ごす場所」へ変える発想でした。
この発想は、同時代に盛んだった 万国博覧会 の影響も強く、「見て楽しむ消費文化」が都市に広がっていきます。
◾️ まとめ
- 三越は1907年頃、欧米型の百貨店方式を本格導入した
- 商品販売に加え、飲食・写真・音楽などのサービスを提供
- 店内は「小さな博覧会」のような空間として設計された
- これは日本における近代的消費文化の出発点の一つである
この取り組みは、後の日本の百貨店文化(高島屋・松坂屋など)へと広がっていきます。

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