(1907年2月27日『読売新聞』)
一夫一婦派の運動
日本の法律では、夫のある女性が他の男性と関係を持った場合(有夫姦)は処罰されるが、妻のある男性が他の女性と関係を持った場合(有婦姦)は処罰されない。これは人道上の欠陥であり、社会の道徳を維持するうえでも好ましくない制度だと考えられている。このため、すでに前年から日本婦人矯風会が法律改正を請願してきたが、これまでの議会では毎回否決されていた。
しかし今年は、ちょうど刑法の改正案が提出されているため、この機会にこの問題の改正も加えてぜひ可決させようという運動が起こっている。そのため、多田作兵衛、征矢野半弥、江藤哲蔵などの議員が熱心に賛同者を募っており、予想外に賛成者も多いことから、場合によっては立憲政友会の党議(党としての正式方針)になるかもしれないという状況である。
なお改正案の条文では、従来の姦通罪の規定において「婦(妻)」とされていた部分に「夫」の字を加え、男女双方に適用する形に改めるという内容である。ただし、夫または妻がその行為を容認していた場合、あるいは告訴しなかった場合には、犯罪として扱わないものとされている。
◾️ 明治刑法の姦通罪
当時の旧刑法(明治刑法)では姦通罪は次のように定められていた。
処罰対象
- 夫のある女性(妻)
- その女性と関係した男性
しかし
- 妻のある男性が他の女性と関係を持つこと
は犯罪ではなかった。
つまり法律上は女性だけが重く処罰される構造だった。
この制度は
- 家父長制
- 家制度
の影響を強く受けていた。
◾️ 婦人矯風会の改革運動
この記事に出てくる日本婦人矯風会は1886年に設立された女性団体である。
主な活動
- 禁酒運動
- 売春反対
- 女性教育
- 家庭道徳改革
同時に
- 男女同一の姦通法
を求める運動も行った。
これは日本の初期フェミニズム運動の一つである。
◾️ 日本の姦通罪のその後
姦通罪は長く存続し、
- 女性のみ処罰という制度が続いた。
しかし、戦後1947年日本国憲法の男女平等原則により廃止された。
◾️ まとめ
この記事は、姦通罪の男女差別を是正しようとする政治運動を報じたものである。
ポイント
- 明治刑法では女性のみ姦通罪の対象
- 女性団体が改正運動を開始
- 政友会議員が法改正を検討
- 男女双方に適用する案が議論
つまりこの記事は日本の初期女性運動と家族制度改革を示す史料である。

コメント