(1906年6月3日・東京朝日新聞)
昨日、長崎造船所で進水した逓信省所属の海底電線敷設船「小笠原丸」は、計画総トン数一五三〇トン、速力十二・五ノット、全長二百四十フィート、幅三十四フィート、深さ二十二フィート三インチの船である。
同船はただちに艤装工事に入り、七月中には逓信省に引き渡され、所定の任務に就く予定である。
船長には、戦時中にケーブル船として使用された「奉天丸」の船長であった海老子康氏が就任し、機関長には「沖縄丸」で一等機関士を務めていた大島省吾氏が任命される予定である。大島氏は受取委員として、すでに長崎に出張している。
わが国の海底電線敷設船は、これまで「沖縄丸」一隻しかなく、海底通信線に故障が生じた際には少なからず不便をきたしていたが、本船の新造は、日本の通信設備を一段と充実させるものと言うべきである。
なお、本船の定係港は長崎とされている。
◾️ 海底電線と近代国家
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、海底電線(ケーブル)は、
・外交
・軍事指揮
・海運・貿易
・植民地・海外拠点との連絡
に不可欠なインフラでした。
日本も明治期に、
・国内沿岸
・小笠原諸島
・台湾・朝鮮方面
へと海底電線網を拡張しており、その維持・敷設のために専用のケーブル船が必要でした。
◾️ 日露戦争の教訓
1904〜1905年の日露戦争では、
・海底電線の切断
・敷設・修理の遅れ
が、情報伝達や作戦に大きな影響を与えました。
記事にある「奉天丸」は、戦時中にケーブル船として転用された船であり、その経験から、平時から専用船を整備しておく必要性が強く認識されるようになりました。
◾️ 「小笠原丸」という船名の意味
船名「小笠原丸」は、
・小笠原諸島(太平洋の重要拠点)
・海底通信線の要衝
を意識した命名と考えられます。
当時、小笠原は、
・太平洋航路
・軍事・通信拠点
として戦略的価値が高まっていました。
◾️ 逓信省と通信国家
逓信省は、
・郵便
・電信
・電話
・海底電線
を一元的に管轄し、日本の「通信国家化」を担う中枢官庁でした。
ケーブル船の増強は、
・通信の安定
・国家安全保障
・国際競争力の強化
を目的とする、国家的投資でした。
◾️ 長崎造船所の役割
長崎造船所(後の三菱長崎造船所)は、
・日本有数の近代造船拠点
・軍需・官庁船の建造基地
として発展していました。
ケーブル船という高度な特殊船の建造は、
・日本の造船技術の成熟
・国産化の進展
を示す象徴的事例でもあります。
◾️ 総括
この記事は単なる進水記事ではなく、
・日露戦争後の通信体制再整備
・海底電線を重視する国家戦略
・近代日本の造船・通信技術の進歩
を背景に持つ報道です。
「小笠原丸」の建造は、日本が情報と通信を国家基盤として本格的に整備し始めた時代をよく物語っています。

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