1907年01月05日 戦勝気分の反映いよいよ濃厚に 株式大発会は狂騰また狂騰 東株五百四十円

1907年

(1907年1月5日・中外商業新報)
 1月4日、東京市場の商い始めである。年末の活況の直後であるため、やや勢いが鈍るのではないかとの見方もなかったわけではない。しかし財界の最近の状況には、悲観すべき材料は一つもなく、新年最初の取引(発会)は人気が一段と沸騰した。
 年末にすでに急騰していた二、三の特殊銘柄を除けば、相場は総じて暴騰を演じ、2月限の引き直し(先物価格)を、昨年12月の納会時と比べても、下表のとおり著しい高騰を示した。新甫(新規限月)の先物は、さらに一段高へと跳ね上がった。
 たとえば東京瓦斯は中先で14円もの大きな値ざやを示し、紡績株全体が上昇する中でも、富士瓦斯紡績は新旧ともに23円50銭前後の暴騰となり、先限はさらに8~9円高い水準に達した。
 また、東京株式取引所株(東株)も、旧値で25円、新値で20円を突破し、先物では旧が558円50銭、新が552円80銭という高値を示して、好況のうちに取引を終えた。

横倉 52.80 、五分利 91.50 、小樽 173.00 、瓦斯 181.00 、関西 58.40 、
電燈 116.00 、炭鉱 163.00 、製紙 99.40 、北麻 79.75 、東武 64.50 、
日麻 86.00 、富士瓦 220.00 、東紡 129.00 、東鐵 106.60 、鐘紡 248.00 、
下紡 92.50 、京濱 190.00 、製紙 86.50 、横電  97.50 、麦酒 150.50 、
製糖 49.30 、商船 30.40 、寶田 232.00 、浦賀 58.60 、日油 151.10 、
米穀 230.00 、商品 133.00 、入山 106.00 、東株 538.50

記事引用:https://dl.ndl.go.jp/pid/1920436/1/120

写真・図引用:https://www.jpx.co.jp/tse-school/qa/?utm_source=chatgpt.com


◾️ 「戦勝気分」とは何か

記事冒頭の「戦勝気分」とは、日露戦争(1904–05年)に勝利した後の高揚感を指します。
日本は列強ロシアに勝利したことで、

  • 国際的地位の上昇
  • 国民的自信の拡大
  • 産業・企業への将来期待

が一気に強まりました。この心理が、株式市場にも直接反映されています。

◾️ 1907年初頭の株式市場の特徴

この時期の東京市場には、次の特徴がありました。

  • 新年初取引(大発会)への投機的熱狂
  • 鉄道・瓦斯・紡績など、近代化を象徴する産業株への集中
  • 現物だけでなく、先物取引(○月限)による値上がり期待

記事に見える「狂騰また狂騰」という表現は、理性的な企業価値評価よりも、心理が相場を動かしていた状況をよく表しています。

◾️ なぜ瓦斯・紡績株が買われたのか

  • 瓦斯会社(例:東京瓦斯)      → 都市化・人口増加・近代生活の拡大の象徴
  • 紡績会社(例:富士瓦斯紡、鐘紡など)→ 輸出産業の柱であり、外貨獲得の主力

これらは「成長する日本」を体現する産業であり、投資家の期待が集中しました。

◾️ 好況の裏に潜む危うさ

1907年初頭は、まさに株式熱狂の頂点でしたが、この年の後半には、

  • 金融引き締め
  • 銀行不安
  • 国際的景気後退

が重なり、1907年恐慌(日本では明治40年恐慌)へと転じていきます。

したがってこの記事は、「バブル的高揚の最高潮を記録した瞬間」を伝える、きわめて重要な史料でもあります。

◾️ 当時の新聞経済欄の特徴

『中外商業新報』(現在の日本経済新聞の前身)は、

  • 数値と相場を詳細に記す
  • 市場心理を率直な言葉で描写する

という特徴を持っていました。本記事の熱を帯びた文体は、専門経済紙ならではの臨場感をよく示しています。

◾️ まとめ

  • 日露戦争後の国民的高揚感が株価に直結していた
  • 日本資本主義が投機熱と未成熟さを併せ持っていた
  • 直後に恐慌を迎える前夜の「熱狂」を記録している

という点で、この短い相場記事は、明治日本経済の光と影を象徴しています。

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