(1906年5月14日 読売新聞)
日露戦争後における国民の勤倹と貯蓄を奨励する一つの方法として、全国に普及している郵便機関を利用し、郵便生命保険の制度を実施する構想がある。これは、イギリスやフランスなどの例にならい、最も簡便な方法で行えば、単に貯蓄の思想を育てるだけでなく、外国資本の流入などによって散逸している零細な資金を回収し、通貨の過度な増加を防ぎ、物価の高騰を抑える効果も期待できるとして、この制度の実施についての議論が、特に逓信省内部で盛んに行われているという。
◾️ 記事の主題は何か
この記事は、郵便生命保険制度の導入構想について報じています。
これは後に実現する
・簡易生命保険(1916年創設)
・郵便貯金・簡易保険を柱とする郵政金融システム
の、かなり早い段階の構想を示す記事です。
◾️ なぜ「戦後」に必要とされたのか
1905年の日露戦争後、日本社会は次のような状況にありました。
・戦費調達のため国債を大量発行
・軍需景気と戦後反動による経済の不安定化
・物価上昇(インフレ傾向)
・都市労働者・農民の生活不安
このため政府は、
・国民に貯蓄を促す
・市中に出回る資金を吸い上げる
・通貨膨張を抑える
政策を必要としていました。
◾️ 郵便局を使う意味
当時の郵便局は、
・全国津々浦々に存在
・国民にとって最も身近な国家機関
でした。
これを利用すれば、
・都市だけでなく農村でも加入可能
・難しい手続きなし
・小額からでも参加可能
という、大衆向け金融制度が実現できます。
◾️ 欧州諸国の先例
記事が言及する
・イギリス
・フランス
ではすでに、
・郵便貯金
・国営生命保険
が導入され、庶民の貯蓄促進と国家財政の安定に成果を上げていました。
日本はこれを「近代国家の標準モデル」として学ぼうとしていたのです。
◾️ 経済政策としての狙い
記事が挙げる効果は、単なる社会福祉ではありません。
・零細資金の吸収
・外資や投機資金の影響を和らげる
・インフレ抑制
・金融秩序の安定
つまり、郵便生命保険は「金融・通貨政策」の一環として構想されていました。
◾️ 逓信省が中心だった理由
郵便・電信・電話を所管する逓信省は、
・郵便貯金をすでに運営
・全国ネットワークを保有
・国民生活に密着した省庁
であり、金融政策の実務担当として最適でした。
そのため、制度導入の議論が「逓信部内に盛ん」だったのです。
◾️ 歴史的意義
この記事は、
・郵政事業が単なる通信から金融・保険へ拡張しようとする段階
・国家が国民生活に直接介入する福祉国家的発想の萌芽
・後の簡易保険・郵便貯金巨大化の出発点
を示しています。
◾️ まとめ
この新聞記事は、
・戦後不況とインフレへの対策
・国民貯蓄の制度化
・郵便局を核とした国家金融システムの構想
を伝えるものです。
のちに日本社会を長く支配する「郵政金融」の原型が、すでに1906年段階で真剣に議論されていたことを示す、きわめて重要な史料と言えるでしょう。

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