1907年11月25日 有毒ガスの研究

1907年

(1907年11月25日・東京朝日新聞)
先ごろ、陸軍技術審査部の嘱託を兼任するよう命じられた、
  ・一等軍医正・牧山健吉
  ・三等軍医正・稲葉良太郎
  ・一等薬剤正・平山増之助
の3人は、いずれも工兵隊に所属している。
 今回この3人が研究することになったのは、工兵が爆薬を使用して爆破などの作業を行う際に発生する有毒ガスについてである。この有毒ガスは、戦時国際法で禁止されているような、特殊な有毒ガスを発生させる目的の爆薬を使わなくても、通常の爆薬を使用するだけで発生することがある。そのため、各国でもこれによって予想外の被害が発生した例は少なくない。しかし、それにもかかわらず、これまでこの問題を専門的に研究した国はなかった。そこで今回、その予防対策について研究を始めたのは、日本陸軍が世界で初めてであるという。

記事引用:https://dl.ndl.go.jp/pid/1920436/1/195

写真・図引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/ダイナマイト

⚫︎ これは「毒ガス兵器の開発」の記事なのか?

この記事だけを読むと、「日本陸軍が1907年から毒ガス兵器を研究していた」ようにも見えます。

しかし、この記事が直接述べているのは「毒ガス兵器の開発」ではありません。

研究対象は、通常の爆薬を使った工兵作業の際に、意図せず発生する有毒ガスです。

つまり、

 爆破作業 → 有害なガスが発生 → 工兵が被害を受ける可能性 → その予防方法を研究

という話です。

この点は、後の化学兵器研究と区別して読む必要があります。

⚫︎ なぜ工兵が研究するのか

工兵は、戦場で単に戦う兵士ではありません。

橋を架けたり、道路を造ったり、障害物を破壊したり、要塞などを爆破したりする専門部隊です。

そのため大量の爆薬を扱います。

通常の爆薬でも、爆発によってさまざまな有害な燃焼生成物や煙が生じる可能性があります。

特に閉鎖空間や坑道などでは、こうしたガスが滞留すれば兵士の生命にかかわります。

そこで軍医・薬剤師・工兵関係者が協力して、

「何が発生するのか」
「どの程度危険なのか」
「どうすれば防げるのか」

を調べようとしたわけです。

⚫︎ 「戦時公法に禁止」とは?

記事では、「戦時公法に禁止しある有毒瓦斯」とあります。

1907年当時、すでに毒物・毒性ガスを戦争に使用することをめぐる国際的な規範が存在していました。

ただし、ここは後世の「化学兵器禁止条約」と同じものと考えてはいけません。

第一次世界大戦で毒ガスが大規模に使用されるのは1915年以降です。

そして、毒ガスの戦争使用を明確に禁止する1925年のジュネーブ議定書などは、この記事より後の時代です。

したがって1907年の記事は、「意図的に毒ガスを使う兵器」だけでなく、通常の軍事作業でも有害ガスが発生する可能性があるという問題意識を示している、と理解するのが適切です。

⚫︎ この時期に研究が始まった意味

日本は1904~05年の日露戦争を終えたばかりで、陸軍は戦争中に得た経験をもとに、兵器・衛生・工兵技術などの改善を進めていました。

その中で、戦場での爆破作業の安全性も軍事医学・軍事技術上の課題になったと考えられます。

また、この記事では研究者が、軍医+薬剤師+工兵という組み合わせになっています。

これは、有毒ガスの問題が単なる兵器技術ではなく、化学 × 医学 × 軍事工学にまたがる問題だったことを示しています。

⚫︎ その後の日本の化学兵器研究との関係

この記事の1907年の研究と、後の日本陸軍による毒ガス・化学兵器研究をそのまま同一視することはできません

実際、アジア歴史資料センターの資料によれば、日本陸軍で本格的な毒ガス研究が組織的に始まったのは、第一次世界大戦後の1917年(大正6年)、陸軍技術審査部においてでした。その後1918年から毒ガス調査委員の業務として研究が進められています。

したがって大まかに整理すると、

 1907年 → 通常の爆薬による有毒ガスの発生・予防研究

 1915年以降 → 第一次世界大戦で毒ガスが実戦使用される

 1917~18年以降 → 日本陸軍でも毒ガスについて本格的・組織的な研究が進む

という流れになります。

この1907年の記事は、日本陸軍が化学的な危険物と軍事活動との関係を早い時期から認識していたことを示す史料として興味深いものです。

⚫︎ まとめ

この記事のポイントは以下の通りです。

  • 1907年、日本陸軍が爆薬使用時に発生する有毒ガスの研究を始めた。
  • 特殊な毒ガス兵器ではなく、通常の爆薬でも有害ガスが発生する可能性に注目していた。
  • 研究には軍医・薬剤師・工兵関係者が関わった。
  • 目的は、兵士への被害を防ぐための予防・安全対策だった。
  • これは後の日本陸軍の化学兵器研究とは区別する必要がある。

一言でいうと、「爆薬を使う工兵が、爆発によって発生する有毒ガスで被害を受けないよう、日本陸軍が医学・化学の面から予防研究を始めた」という記事です。

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